私は自称『専門』家むかし『過払い専門』いま『残業代専門』
素人を引っかけるためのキャッチフレーズです。
と言ったら皆さん気を悪くされるでしょうか。
ある分野の紛争について相談する際に、その紛争の「専門家」「専門の事務所」を探すのはそんなに悪いことでしょうか?
妙なたとえかもしれませんが、「塩ラーメン専門店」には行く気になっても「残業代請求専門事務所」はどうだろう、と考えてみてください。提供してほしいサービスと提供されるサービスが完全に一致していて、それが提供されれば満足で他に必要がない、という状況があるなら専門店もいいでしょう。その店が専門化によってハイレベルなサービスを提供できているならなおいいですね。
では「残業代請求だけやる事務所」はどうでしょう?とにかく残業代だけ回収してもらえればいい、ということになるのでしょうか?
筆者は、労働相談ではしばしばそうならないことを知っています。
たとえば残業の発生は、場合によって雇用保険の特定受給資格者への該当=自己都合で退職しても給付制限なく失業給付が払われる状態につながります。残業代請求とは関係ない雇用保険という分野からではありますが、相談者にお金が払われる可能性を無視して相談していいはずがありません。
残業代だけでなく基本給も支払われていない、ということもよくあります。場合によってはそのことで、多重債務に陥っている相談者もいるかもしれません。その事務所では残業代請求が専門だから債務整理の依頼も受けないという対応になり、専門家を探している人はそれでいい、というのでしょうか?
労働紛争については、相談に訪れる労働者が提供を希望するサービス以外に問題解決につながるサービス提供の可能性が多々あって、相談者が欲しいものを提供できるというだけではいい実務家とは言えないのです。塩ラーメンが食べたいと言ってきた人の体調が悪そうなのでまずはおかゆを食べさせるという可能性もあって、といいましょうか。相談者のためになるサービスを探した結果、専門の外に業務や知識の必要性が広がることは常にある、と考えなければなりません。
厳密な意味での●●専門を標榜するのではなく、ある分野に集中的に取り組んでいてその分野では他よりレベルが高いが、それ以外の分野も一般的なものなら初動での相談と依頼の受託に堪えるレベルを持つ、というのが中小零細な士業の事務所の理想だと筆者は考えています。
などということを素人の方はわからないので、「残業代請求専門」などの安直なキーワードで事務所を探します。そんな安直な人を適当に騙したりあおったりすれば依頼を受けやすい関係で、それに迎合する商売熱心な事務所が出てくるわけです。過払い金返還請求が流行ったころは「過払い専門」「過払い110番」「過払い相談センター」などのウェブサイトを作って集客する事務所もたくさんありましたが、業界内では軽蔑の対象(儲かることしかやらないじゃん!)だったものです。
士業の事務所がある一部の分野の専門家を自称することには業界団体も批判的です。
これを避けて、「●●に強い」という事務所も内情は怪しいようです。雑誌から引用します。
『週刊ダイヤモンド「看板に偽りあり」も多い 後悔しない弁護士の選び方』(2013.9.28)
弁護士なら誰でもよいというわけではない。「離婚に強い」とウェブサイトなどでうたう法律事務所は多いが、「看板に偽りあり」というケースも少なくないのだ。
なぜなら、「ほんの少し前まで、大半の弁護士にとって、離婚は本業の合間にやるものという認識だった」(別の弁護士)からだ。その理由は、ずばり「あまりカネにならないため」(同)だ。
同記事ではこのほか、
- 弁護士間の競争激化と市場拡大が事情を変えた
- 離婚を積極的に取り扱うようになったが、問題は能力や経験が伴わないケースも多い
- 「事務所の大きさや知名度が、業界内での評判と必ずしも一致しない」(中略)検索サイトの検索結果も同様
こうした点が指摘されています。
この記事は「離婚」に関するものでしたが、特定の分野にかぎってウェブサイトで依頼を誘おうとする事務所をみた場合、こうした面に注意する必要があります。あくまで専門家や専門の担当者を求めたい相談者側にアピールするため、業務別にウェブサイトを持つことも一般的なマーケティング手法になりました。
同一の事務所が、債務整理・相続・離婚・交通事故・労働紛争などのウェブサイトを別々に持っているとしましょう。これらのサイトは別のドメインを取っていたり、ウェブサイト間で相互に行き来しにくい構造なので「残業代請求」といったキーワードによる検索から労働紛争のウェブサイトに到着すれば、そのウェブサイトと事務所は残業代請求専門に見えてしまうのです。
実際にその事務所がほかにもさまざまな業務に関するウェブサイトを保有しているかどうかは、事務所名や担当者名で検索をかけてみればわかります。
弁護士の事務所がそうした状況であることはわかったが、せめて労働者側か経営側くらいには別れないのか、と考える方も多いでしょう。
地方では、これも無理です。
特に革新政党系の事務所では、労働者からの相談も革新政党系の中小企業経営者団体からの相談も普通に受けてしまうため、労働弁護団所属の弁護士さんが残業代請求訴訟の企業側代理人として出てこられた、という事例も筆者の事務所では複数経験しています。地方といっても少なくとも一件は横浜、もう一件は名古屋地方裁判所での話です。