労働審判は裁判所ごとに手続きの進め方に差があります1期日で終了を『迫られる』ことも?
労働審判(裁判所での手続き)
申し立てを扱う(管轄する)裁判所 |
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相手方会社の本店または事業所の所在地を管轄する、 地方裁判所の本庁および地裁支部5箇所 裁判所ウェブサイトの説明 |
労働審判とは
労働審判は裁判官のほか民間人二名からなる労働審判員が申立人と相手方から事情を聞いて調停による解決を目指し、それができなければ審判という形で判断を示す制度です。弁護士が代理人である申立では、7〜8割が調停で終結します。
必要な実費(請求額・裁判所で異なる) | |
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例 100万円の請求の場合 | 手数料 5000円(請求額で変わる) 予納郵便切手4000円(名古屋地裁の例) 相手方が法人であれば、その法人の登記事項証明書600円 |
合計 約9600円(裁判所で異なる) |
申し立てを支援できる法律資格 | |
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弁護士 | 代理人として関与する。書類作成での関与もあり得る |
司法書士(当事務所) | 申立書・答弁書などの書類作成を行う。 |
全三回の期日で結論を出す手続き実質的には1〜2回
これは、常に意識しなければならない労働審判手続の最大の特徴です。
少額訴訟は請求額が60万円までという制限がありますが、労働審判には請求額の制限がありません。しかし地裁ごとに期日の進め方は異なり、名古屋地裁では少し強引に第一回期日での終結を図っている印象を受けます。このことに影響されて、つぎの特徴が出てきます。
第1回期日に、精力的な準備・相談を要する労働審判手続最大の注意点です
労働審判では手続きの進行が早い以上、自分で申立をする場合であっても、参加する自分自身がそれについていけないとどうしようもありません。
これは弁護士を代理人にせず自分で裁判所に出頭して労働審判手続を利用する際には、短所になる特徴です。
通常訴訟の第一回期日は数分で終わることもままありますが、労働審判の第1〜2回期日は、それぞれ少なくとも1〜2時間程度が設定されています。
ここで行われるのは、主として
労働審判手続きの期日の流れ
- 労働者側・使用者側双方の主張の内容の確認および争点の抽出
- 裁判所からみて必要ならば主張や事実関係の説明をその場で追加させる
- 出頭している当事者への質問(相手からの反対尋問は、ない)
- 進行が速ければ裁判所側の心証を開示し、調停開始
- 調停の段階でさらに、申立人・相手方への個別の事情聴取
- 可能ならば、調停を成立させて手続き終了
これだけのことを一期日1〜2時間、長ければ3時間以上かけて行います。
司法書士の立場から見ると本人訴訟でおこなう通常訴訟の口頭弁論期日数回分が一気に進行するし、それだけの準備が参加者に求められる印象を持っています。
とくに第1回の期日で裁判所側の心証形成がなされることから、この期日までに出せる書類=労働審判手続申立書や答弁書を充実させておくことがとても重要になってきます。これは会社側でも労働者側でも同じです。
また、上記の作業は労働審判手続申立書や答弁書をもとにはされますが、司法書士など第三者が傍聴できないことが多い審判廷内で、主として裁判官と当事者の口頭のやりとりで進められます。
経験のない事務所への依頼は、おすすめできません
このため、労働審判が司法書士の申立書類作成による本人申立に適するかといえば、一般的には(労働紛争にあまり関与した経験がなく、労働審判手続に関与したことがある者と連携してもいない事務所に依頼することが適するかといえば)そうでないと考えます。
司法書士や労働審判の支援を標榜する社会保険労務士の中には、自分を傍聴に参加させようとすることでこれへの対応を図る者もいますが、常に司法書士が傍聴できるわけでもありません。また、名古屋地裁の扱いとしては司法書士に傍聴を許可することはないようです。
それに、労働審判手続で肝心なのは期日当日の傍聴より、期日前までの準備です。
端的には、質・量・方針の面でベストな申立書類を出すことです。
したがって、もし弁護士を代理人にせず司法書士に労働審判手続に関する書類作成を依頼しようとする場合、労働審判における上記の特徴及び対処方針をその司法書士がどう考えているのか、これに加えて、その司法書士が労働関係の事案でどれだけの経験があるか、について誠実な説明がない人に依頼することは、絶対にお勧めできません。
また、筆者は労働審判手続申立書の作成の受託に際して、その依頼人が『きちんと話しができ、話されたことを理解して伝えることができるか』の能力を持っているかどうかにも、注目しています。
こうした点に難がある人が労働審判を選択すると、第1回期日で自分が裁判所で言われたことが適切に司法書士側に伝えられず、追加で出す主張書面作成等の対応を誤る可能性があるからです。
裁判所側の判断や心証開示の時期が早い早ければ第一回期日で出ます
これは、使用者側の違法・不当さが明らかな労働紛争について労働者側に有利になりうる特徴です。
なんの根拠もない懲戒処分を撤回させるとか、理由はないが最後の給料を未払いにされた、という場合には労働側にとても有利に作用するといえるでしょう。自分でなんらかの裁判手続きをおこなう場合でも、申立書類がうまく作れるならこれを狙って労働審判手続きを選択する、ということが考えられるかもしれません。
労働審判は必ず労働者に有利だ、とは言ってません
ただし、労働者自身は使用者の処置が不当だと言っているけれど他の人からみたらそうでもない、ということは多々あります。このコンテンツを読む労働者に対して常に有利になる特徴だとは筆者は考えていません。
適切に労働審判手続を選択したならば、会社側の代理人や社長本人が持ち込む無理な見解や誤った法的な主張に対して、第1回期日で裁判所側から否定的な判断が示され、それをきっかけに一気に労働者側有利な調停になだれ込むことがあり得る、というだけです。
逆に労働者側が下手な本人申立で(あるいは、能力に問題がある代理人や書類作成者に依頼して)無理な主張を持ち込もうとした場合、その期日では回復できない不利な立場に立ち続ける危険性があります。
特に名古屋地裁の扱いについて進行が早すぎる印象があります
上記のことに関連して、特に名古屋地方裁判所における労働審判手続は、できるだけ第一回期日で終了させるためになんらか無理のある手続きの進行が図られている印象を受けます。当事者から十分事情を聞いていないと感じられたり、根拠が不明な調停案をごり押ししてくる、その際きまって、通常訴訟に移行した場合不利になると言って脅かす事例が見受けられます。
ただし、この強引さや無理な進行が自分に有利に作用することもある(自分が十分な証拠を持っていたり、相手の主張の不当さが明らかな場合はごり押しの方向が相手に向く)ので、名古屋地裁において労働審判手続は本人申し立てに危険を伴うものの、当たれば効果は大きい、そういう性格のものになりつつあると筆者は考えています。
労働法に関する知識が比較的豊富な集団に担当してもらえる
これは労働審判の純粋な長所です。労働審判の各期日は、裁判官一名と民間人の審判員二名からなる労働審判委員会で進められるため、請求額140万円以下の請求で簡易裁判所に提訴した場合につけられる司法委員とは知識の量・質とも比較にならないほど優越します。
近くの簡裁より遠くの地裁本庁?
この特徴があることから、労働紛争では最寄りの簡易裁判所に本人訴訟を起こしてわけのわからない司法委員や簡易裁判所判事に金額面での譲歩だけ求められ続けるより、あえて遠くの地方裁判所本庁で行う労働審判手続を選ぶ、というのは常に魅力的な選択肢になるでしょう。
また、民事調停に際しては調停委員に労働法の知識を持つ人がつけられることがありますが、裁判官並みの説得力はない(特に、会社側代理人が弁護士だった場合に難がある)のが実情です。自分で申立書が作れるなら、民事調停を選ぶよりは労働審判に期待することも考えられます。労働審判には請求額の下限がないため、本人訴訟で簡易裁判所に提訴すべき事案であえて労働審判を選ぶことは常に可能です。
管轄が限定されるそれでも労働審判を選ぶ価値があります
具体的には、労働者側が労働審判手続の申立を行う場合には相手方会社の事業所または本店の所在地を管轄する地方裁判所の本庁と、立川など5箇所の地裁支部しか選べません。これは短所です。
したがって、東京にある会社で働いていたが現在は北海道に転居した、そのあとで残業代未払いをなんとか請求したい、というような場合には労働審判を選ぶこと自体が非現実的です。
また、地方裁判所の支部(立川・松本・浜松・福山・小倉を除く)では労働審判手続を扱わないので、通常訴訟ならば管轄がある最寄りの地裁支部の町と比べて地裁の本庁がひどく離れている場合にも、やはり出頭の難しさから労働審判を選びにくいということになります。東海地方なら、伊豆半島から静岡市、南勢地方から津市、高山市から岐阜市など、同一の県内にあっても地裁本庁までの移動に片道2〜3時間以上かかる町ではこの問題に直面します。
逆にもっと交通の便が悪いところ、たとえば離島に住む依頼人のためにとにかく島外に移動する回数を減らす、という意味で地裁本庁まででてきて労働審判を進める、というご依頼もありました。
この点は、労働者の住所地最寄りの裁判所に提訴できる可能性がある少額訴訟・通常訴訟より労働審判が劣るところです。本人による申立であれ弁護士を代理人にしての申立であれ、労働審判では第1回期日から当事者本人も自分で裁判所に出頭するよう求められますから、代理人をつけるにしても自分が裁判所に出頭できるか否かは常に考慮してこの手続きを選択しなければなりません。
基本的には『調停成立』を目指す
これは長所とも短所ともいえる特徴です。労働審判は基本的には、争点をことごとく明確にし徹底的に争って一円単位で権利義務を決める、というものではありません。むしろ、おおざっぱな心証をえたうえで労働者経営者相互に少しずつ譲歩させて、そのかわり比較的迅速に解決をはかる、という傾向があります。
このため、経営者は最終的には説得されるとしても第3回まで説得のための期日が設定されたり、本来なら全額支払われなければならない給料未払い事案でも労働者が譲歩しなければならない割合が根拠無く増える、ということもあります。
それでも裁判所側で説得にあたるのは裁判官なので、民事調停よりは当事者に対する説得力がはるかに高いと筆者はみています。
また、不当解雇をめぐる紛争でたしかに解雇無効だろう(通常訴訟でも解雇無効で判決が取れるだろう)といえる事案の解決金の水準は、通常訴訟である程度期間をかけて争った場合と労働審判で示される金額とは何ヶ月分かの開きがでてくる、もちろん労働審判で示される金額のほうが低い、という統計や相談事例もあります。
これは費やす時間と得られるお金の関係をどう評価するか、というものですので一概に労働審判が劣ると言えるものではありません。不当解雇されたあと、ただちに再就職できそうな事案だと労働審判による迅速な金銭解決が適することもありますから、これは適切に手続きを選べばよいということになります。
労働審判を勝手に選ぶ代理人解雇でも残業代でも相談事例あり
これと関連して、不当解雇をめぐる労働問題の解決を依頼した代理人が依頼人に説明せずに通常訴訟ではなく、労働審判を選んでしまったという話しを聞いたことがあります。迅速に金銭解決を目指すというのは当事者ではなく代理人にも、選択肢として魅力的に見えてしまうのかもしれません。
最初に選択する手続きが何かは、依頼に際してしっかりと弁護士に話しを聞いておくことで解決できるはずですし、その程度のことが説明できないような人には決して依頼すべきではありません。
また、期日の設定の仕方や当事者に対する態度について、第一回期日で無理矢理終わらせようとする裁判所や全三回分の期日を事前に決めておく裁判所など各地で相当違いがありますので、できるだけ申し立て予定の裁判所の事情を知っている事務所に相談・依頼するのが妥当だと考えます。これは弁護士による代理・司法書士による書類作成に共通の注意事項です。
自分での申立てで労働審判手続の利用を考えている方へ
一部の社会保険労務士のウェブサイトに、労働審判手続の申立を支援するとか、申立書の作成を指導するというものがありますが、労働審判手続申立書を作成したり裁判所に提出する書類の作成について有料で相談を行えるのは弁護士・司法書士のみです。
だから社労士事務所には依頼するな、とは言いません。彼ら自身は適当な正義感を振りかざしたり、無料での指導だから大丈夫などというでしょう。しかし、そこには固有のリスクが発生していることは認識すべきです。
そうした事務所がやっていることに違法の疑いがある以上、いつどんなかたちでその事務所の業務が停まるか、誰にもわからないのですから。
労働審判手続きの利用に向く案件
当事務所での利用概況
筆者の事務所で書類作成をおこなった労働審判手続申立ては、平成18年の制度発足以降17年間で50件強あります。全て申立人側・労働者側での書類作成です。
このうち当事務所で労働審判手続申立てが完全に失敗したのは3件です。それ以外はなんらかの成果を挙げて手続を終了しています。
このほか、地位確認請求(解雇の無効を主張したもの)で「解雇が有効である」という判断を裁判所から示されて大幅に減額された解決金を受け入れた案件が1件ありました。被解雇事案で不利な判断が出たのはこれを含めて2件で、割合としては被解雇事案全体の10分の1未満です。
終了形態としては、裁判所から労働審判が出たのは1件だけです。労働審判が出た=調停が成立しなかった1件は、相手方に代理人がつかず素人が出てきた事例です。これは通常訴訟の提起を経て、ほぼ同額で和解成立となりました。これまでの事案に限っては全申し立ての9割程度で成果を挙げて調停成立となっています。
所感
以上のことから当事務所で書類を作成して申し立てをする場合、統計上は本人による申し立てに分類されますが代理人がついたのと同様な終了形態(調停成立で終了する割合が一般的な本人申立より高く、相手方に代理人弁護士がつかないほうが解決しにくくなる)であるといえます。
司法統計によれば同期間の申立新受件数は累計約4万件あった一方、平成30年時点で弁護士は約4万人、司法書士は2万2千人います。
弁護士・司法書士とも労働審判手続を扱ったことがない人は相当数存在しており、扱っている人の事務所には偏在していることも推測できます。
これらのことを踏まえて、特に弁護士を代理人にしない申立で労働審判手続の利用に適するものを挙げてみます。
ただし、自分で申し立てをする場合でも申立書類は十分に適切に作成されている想定ですのでこの想定そのものが厳しいかもしれません。
小企業・在職期間の短い正社員・非正規労働者の地位確認請求
懲戒解雇を含めた不当解雇・雇い止めされた労働者がその解雇等の無効を主張しつつ、最終的には賃金の何ヶ月分かの解決金を得る調停を成立させて合意退職することを目指すものです。当事務所の申立件数の半分弱がこの問題を含みます。パートであれ正社員であれ、合理的な理由がない解雇が無効であるという法的主張の根幹に違いはないからです。
ただし、上記の属性を持つ人の事案で裁判所から提示される解決金額は若干渋い印象は持っています。筆者の経験として、だいたい月収の2〜4ヶ月分の解決金の支払いがあることが多いのですが『非正規・入社直後・親と同居の未婚青年(養育する家族がおらず生活費が安く済み転職が容易と評価される)』といった不利な要素が揃った事案で0.5ヶ月分だけ認められた事例があります。在職期間が1年程度を超える事案では、パートでも正社員でもだいたい3ヶ月分程度の調停案が安定的に出てきている印象はあります。1年程度在職した期間契約社員の雇い止めではもう少し低めです。
これらの傾向を統計と比べてしまうと、当事務所が書類作成する地位確認請求で得られる解決金は統計上の中央値(月収の4.4ヶ月分)よりやや低いことになります。
言い訳しますと、上記のような『もともと不利な状況にある属性』の労働者を中心に依頼をうけているから順当にそうなった、という面はあります。
こうした、転職したばかりである・もともと雇用形態が安定していない・夫が働いていて妻がパートで解雇された、など速やかな転職(と、それに伴う所得の一時的喪失)を労働者側が受け入れやすい状況下では、あっせん申し立てより支払額が多くなることが期待でき、準備を適切にすればあっせん申し立てと同様な迅速さを持つ労働審判の利用が好適であると考えます。
上記と関連して中規模以上の企業で勤続が数年以上ある男性正社員(安定した会社で、一家の収入の根幹を担うひと)の場合、労働審判よりは賃金仮払い仮処分を経て通常訴訟を提起したほうがよいように思えます。仮払仮処分の申し立てが通れば、解決までの所得のかなりな部分を補償されるからです。通常訴訟を維持しながら復職を目指して運動することもできますし、最終的な解決金額も通常訴訟のほうが多額です。
こうした会社で働く人は弁護士を頼むお金も持っており、弁護士側では十分な報酬を設定して依頼を受けることができ、したがって当事務所にはあまりこない類型になります。
この類型では解雇された理由がいい加減なものであるほど(常識に照らして不当なことが明らかなので)労働審判手続の利用に適します。逆に労働者側に継続的な素行不良や業務命令違背・作業能力不足など非難される点がある場合、労働者側が不利な立場に立つ危険がある、はっきり言えば「ダメでもともと」と割り切ってこの申し立てを選択することになるかもしれません。複数回の期日で丁寧に反論・説明すれば労働者側の正当性を主張できそうな状況下で弁護士への依頼をしないと決めた場合、特に通常訴訟のほうがよい状況になります。当事務所ではたまにあるパターンです。
残業代その他所定外労働に対する賃金請求
当事務所では労働審判制度開始からの数年間、地位確認請求より多い類型でした。
労働時間数を明らかにする証拠書類が揃っているか、別の記録を丁寧に読めばそこからわかるように説明を加えることがまず必須です。そのうえで、使用者側から以下の反論を招かない事案は効果を期待しやすいものになります。
- 変形労働時間制・フレックスタイム・裁量労働制など労働時間制の例外への該当
- 管理監督者への該当
- 事業場外のみなし労働時間制・労働者による労働時間の不正申告そのほか労働時間が労働者側の認識より短いことの主張
- 手当の一部が、残業代に充てられる・通常の労働時間の賃金に算入されないことの主張
難易度は事案によって異なり、使用者側から課長級の職制について管理監督者への該当を反論してきても裁判所に認められにくい傾向はあります。書面上は適正に導入されている裁量労働制への該当を会社側から主張されると通常訴訟でも反論に手間がかかります。労働者側の対応として、制度導入の経緯や働き方の実情を時間をかけて説明する必要があるからです。
上記のような障害がない場合、請求する金額元本のだいたい7〜9割が支払われる内容の調停案が出てくることが多いです。上記の割合に幅がある理由として、零細事業主からの『お金がない』という反論に有効な対応策がないことが挙げられます。お金がない相手からは強制執行をやっても取れないし、調停案を突っぱねて通常訴訟を戦い抜くにも金や時間はかかかるだろう、と言った言葉で裁判所から妥協を促されるわけです。
なら弁護士を代理人にすればどうか、という発想は当然出てきます。しかし、彼らへの依頼そのものが支払額に対して25%〜30%超のコスト発生要因になります。このことから、多めな譲歩をさせられても労働者の最終的な手取額を考慮すれば、本人による申し立てのほうが費用対効果に優れることが多いとみています。
基本給・退職金の請求
賃金月額20〜30万円の正社員の方が2〜3ヶ月、賃金未払い状態で働いてしまうと請求額が60万円を超えます。なかには100万円を大きく超える人もおり、これを迅速に解決しようとするものです。
または、在職期間中に賃金を不当に減額され、その状態が複数年続く場合も数十万円の請求権が発生します。当事務所ではこれらと年俸制で支払額が決まった賞与の請求を合わせて、申立件数の3〜4割にこの請求を含みます。
ほとんどの場合特に難しいこともなく順当な解決が得られますが、やはり『お金がない』という反論が零細事業主から示された場合に労働者側が多めな譲歩を強いられます。これに対する逆提案はいくつかあり、次回期日に現金を持ってこさせる代わりに減額に応じる・経営者やその配偶者に債務保証させる・分割払いの大部分を終えた場合に残りを減免するなどを状況に応じて使い分けます。強制執行可能な財産を捕捉している場合、それを隠して『特に何も言わず調停に応じる』こともあります。直ちに不履行になることを期待するわけです。この部分は法律の外での駆け引きになるので、対応策の立案には相手方事業主個人とその事業に関する深い考察が不可欠です。
当事務所では受託事例がないですが、退職金規程が明文で存在している会社での退職金の請求も労働審判手続に適すると考えます。
未精算の交通費その他立替金の請求
通常は数万円にとどまり、これだけで申立をすることはありません。上記の各請求があればそれにつけておくことができます。基本給・残業代請求案件で時折見かけます。
このほかの金銭の請求労務の提供過程で発生したもの
支給条件とその条件を満たしていることがそれぞれ文書で立証できるものは、労働審判手続での請求に適します。労働契約と関係あるものに限ります。
労働審判手続の利用に不適なもの
慰謝料
慰謝料の請求はよくある発想ですが、相手方関係者の問題行動と申立人の精神的損害との因果関係を立証するのが困難です。請求は可能ですし少しは成果もありましたが、準備に長い長い時間をかける必要があります。
インターネット上に不正確な情報が広まりすぎて労働者側の要求が過大になっている実情もあり、期待に応じにくい類型です。
この請求が含まれる場合、当事務所では書類作成枚数=投入した労力に応じて前払いの報酬を設定します。
復職を目指す不当解雇
地位確認請求で復職を求めるものは労働審判でも制度上あり得ますが、事例はほとんどありません。最初から通常訴訟を選択すべきです。
労働審判手続では、金銭解決を狙う労働者に対し多額な解決金支払いが嫌になった事業主側から復職を求められてしまう事例があると聞きます。この点には注意が必要です。
労働契約と無関係な金銭貸借
事業主個人への貸金返還請求は通常訴訟で扱います。労働契約に基づいてやりとりしたお金の請求ではないため、労働審判手続きでは扱えません。
事業所が遠い
労働審判で調停成立になる場合、出頭のための交通費は相手に請求できません。
労働者が退職後に転居したなどで在職時の事業所または本店所在地が遠いものは、労働審判手続申立てに際してその事業所等を管轄する地方裁判所も遠いことになります。訴訟では持参債務の履行地(債権者の住所)を管轄裁判所にできるため、少額訴訟または通常訴訟の利用を考えます。そうした債権を労働者側が持っていない場合、短期決戦を指向して労働審判手続を申し立てることになるでしょう。
ここで参照した統計について
被解雇事案における裁判手続での解決金額は、労働政策研究・研修機構の労働政策研究報告書No.174『労働局あっせん、労働審判及び裁判上の和解における雇用紛争事案の比較分析』によりました。
この報告書では、あっせん・労働審判・通常訴訟の和解終結事例について2012〜2013年に4箇所の労働局・裁判所で調査を行っています。