相談室からひとこと

民事調停は、その良さを発揮させるにはなにより相手の事情への配慮が必要です。

理由は、法律その他紛争分野の専門家が、きわめて安価な費用で関与してもらえるようになっているにもかかわらず、申し立ての相手が物わかりの悪い人なら解決に結びつかないからです。

実はあなた自身が状況を理解できていない、という可能性も裁判手続の相談ではよくあります。

さらに、基本的には双方の譲歩で解決を目指すが最初から裁判官が関与してかなり強い説得力を発揮する労働審判の制度が定着してきたことも、労働紛争で民事調停の利用が見劣りする大きな理由になりました。

ちなみに私自身の経験では、自分の起こした労働訴訟が地方裁判所の自庁調停に回されたときの調停委員は司法書士と、社会保険労務士の大先生でした。

司法書士の有資格者が行政書士を訴えた労働訴訟に、被告代理人として弁護士が付き現役の司法書士と社会保険労務士の先生方が調停に入って解決してくださったわけです。
なお調停委員の先生方にも役割分担があったのか、司法書士の先生は二十代の筆者に「君は訴状も作れるんだから、はやく開業するように(笑)」と懇々と諭してくる一方で、社会保険労務士の先生は相手方の雇用保険法違反を指摘して譲歩を引き出してくれたようです。

民間人2名を調停委員にして、その人たちに入ってもらって裁判所で話を進めていく、というのは、特に労働紛争では『民間の専門家=弁護士や社会保険労務士』が調停委員になってくれることが期待できるわけです。もちろん調停委員が全面的に当事者一方の味方につくわけではありませんが、訴訟とは違った(ある程度、柔軟に話を聞いてもらえる)ゆるやかな手続きの中で、かつ専門知識のある人の助けが得られるのは民事調停の長所の一つだと言えるでしょう。

調停委員になる人材としては弁護士が多く、他に司法書士、専門知識がある人として社会保険労務士や建築士(欠陥住宅の紛争など)、宗教関係者などいろいろな人たちが事案に応じて選任されるようです。

民事調停最大の短所はなんらか譲歩してみせる気がなければ利用に適さないことと、どんなに譲歩しても相手が争いたいなら調停が不調になるしかないということです。譲歩できる金額を確認することが優先されて事実関係の把握がおろそかになる、そんな苦情が発生することもあるようです。

状況によって必要な譲歩の度合いは異なりますし、調停委員の先生方が非常にがんばって金額を上積みしてくれるうれしい誤算もあります。その反面で、調停になっている時だけはひたすらゴネ続け、訴訟になったとたんに一気に譲歩してくるどうしようもない社長もいます。

筆者自身が経験した調停では、調停委員とのやりとりで「(相手から支払ってもらう解決金が)いくらまでならゆずれますか?」と聞かれて「22万円以下なら調停を蹴って徹底抗戦せざるを得ませんね」と答えたところ、相手方と調停委員の話し合い後「32万円、ってことでいいですか?」と言われてそれで話が付いてしまった、ということもありました。

譲歩しすぎた場合には、時として助けてもらえることもありそうです。

柔軟に譲った上で解決を目指す気があるなら、そして急いではいないなら、民事調停はまだ、一応考慮できる選択肢です。

では絶対に譲れないなら訴訟を選ぶべきか、といわれると、実際には判決より和解でおわる訴訟が圧倒的に多い以上、『絶対に譲らない』という態度の維持は訴訟であっても困難だと考えなければいけません。

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民事調停を申し立てられた使用者側での対応

ここでは労働者が申立人、使用者(会社)が相手方になる民事調停の申し立てをうけた場合の使用者側の対応を考えます。適切な法律相談で申立書の内容を分析しておくこと、相手の持っていそうな書証を推測して、訴訟にされた場合の有利不利を予測しておくことは必須です。

手書きの申立書が来ましたか?

まず、送られてきた申立書類・書証の内容と形式から申し立てに弁護士・司法書士が関与しているかどうか推定します。弁護士が申立人になっているものは申立書にその旨表示されていますし、司法書士が関与して作られた書類は弁護士が代理人についていなくてもそれなりに整った内容であることが多いです。

一方、労働者本人が見よう見まねで作った申立書には内容以前に日本語の文章からおかしい、というレベルのものも結構あります。未払い賃金を請求する調停申立書は裁判所で配布している定型書式に手書きで記入して作れることを覚えておきましょう。これを使うのはほとんどの場合、素人です。

申し立て側の労働者に専門家の関与があったほうが、行動が極端にならず解決が図られやすいと筆者は考えます。ですのでまず、弁護士・司法書士の関与の有無を探ります。

労働者側に弁護士・司法書士の関与が期待できる場合

使用者側で法律上、あるいは事実上の主張をしてもそれが適切なものなら労働者側に受け入れられやすい、と推測します。調停委員のほかに、労働者側で関与している弁護士等が使用者側から出された答弁書の内容をかみ砕いて説明してくれることが期待できるからです。使用者側ではまず法律相談を経て、労働者側の主張の内容と当否、専門家の関与の推測について判断を得るようにしてください。事案によっては1〜2時間程度かかる相談になるかもしれません。

労働者側の主張が訴訟になったら認められる可能性が高い場合でも、訴訟での和解成立時にあり得る分割払い・遅延損害金カット・一部の元本減額等の希望は『それが、訴訟でもありうる水準ならば』労働者側の弁護士等から申立人の労働者への説明あるいは説得がなされるはずです。

わかりやすく言うと、労働者側から訴訟を起こされた場合の勝敗を使用者側で正しく見切っていれば、その範囲から少しだけ値切ったり有利になるように運動してかまいません。訴訟になった場合はさらに面倒である(弁護士等への依頼費用が追加でかかる)、ならば多少は譲歩しても調停を成立させたほうがよいかもしれないということは、労働者側も常に認識しているからです。

こうした方針が立っている場合、あえて使用者側で代理人を選任する(ことにお金をかける)必要はないかもしれません。民事調停は1回の期日で無理矢理終わらせられることはないので、労働者側に提示できる条件が明確ならそれを伝えるために自分で出頭して反応をみてもよいのです。その期日の展開が思わしくない場合、いっそ訴訟を起こされるまで代理人を選任しない、というほうがコストパフォーマンスに優れるかもしれません。民事調停では相手と直接交渉することはないので、代理人がついていないほうが一方的に押されて不利になることもありません。判断に迷ったら『弁護士と相談して次の期日で回答する』と言って引き揚げてくればよいのです。

ただし、使用者側での対応や提案内容があまりにも不適切だと労働者側に評価された場合は労働者側が期日2〜3回で調停打ち切りに動く可能性があります。そうなったら後に来るのは訴訟提起だと考えなければなりません。

言い換えると、民事調停で労働者側にプロが関与している場合に使用者側の反応がまずければ労働者側が主導権をとって訴訟提起されるだけなので、あえて使用者側が弁護士や司法書士を代理人に選任する(つまり、値切れる可能性をお金をかけて追求する)メリットが見いだしにくい面があります。代理人に着手金を払うぶん労働者への支払資金に回したほうが、特に請求額数十万円以下の案件ではトータルコストの節減が図れます。

もちろん経営者として時間を大事にしたいとか、対処不能に陥っておりなにもわからないので誰か一緒にいてほしい、といった場合は弁護士を選任したほうがよいに決まっています。

労働者側が自分で申し立てをした場合

この場合、敵の動きが読みにくいです。民事調停を利用していながら譲歩するつもりが全然ない人もいれば、何万円かでも払われればよい、というだけの人もいると考えてください。

ただ、訴訟ではなくあえて民事調停を選んだ、ということは労働者側に会社側への遠慮か訴訟回避の意向があることが多いです。この手続きは労基署や市役所の労働相談・法律相談で積極的に推奨されることがありません。

表現は過激だが日本語として読みにくいなど、社会人が書く文章として民事調停申立書を読んで「これはダメな書類なのではないか」と思えたら、無理に内容を解読して反論しなくてもかまいません。初回の期日で、調停委員の反応を探ってみてください。「申立書に書いてあることがよくわからない」と調停委員に言ってもかまいません。民事調停では第一回期日で答弁書を出さなくても、出頭すれば不利になることはないからです。

わかりやすく言うと、「この申立人、ダメな人だよね・困るよね」という認識を調停委員側と共有できそうか試してみて、もし労働者側に有利でない雰囲気なら思い切り値切る提案を準備してよい、ということです。ただ、労働者側が中途半端な知識や権利意識(裁判手続きは自分でできると思い込むが申立書はまともに書けていない、など)に基づいて暴走する可能性は常にあります。ですので相手の主張がよほど無理なものでないかぎり、調停不成立とさせてしまうよりほんの少しの見舞金などを払うことにし、それをもって紛争を完全に解決したことにする(清算条項をつける)、さらに守秘義務を定めてインターネットなどでの誹謗中傷を防ぐといった提案を考えたほうがよいでしょう。

労働者側がまともな場合、つまり適切な主張をわかりやすい申立書に書いて出してきた場合は代理人がついたのと同じように対応します。いったんは派手に値切る提案を出してみてもかまいませんが、その場合は調停委員から難色を示されると思います。次回の期日には労働者側が受け入れ可能な提案を準備しておかないと、会社が負ける訴訟に巻き込まれてコストが最大化することになりかねません。

ちなみに、民事調停ではありませんが筆者の事務所では紛争の各段階で『故意に素人っぽい書類を作る』ということもあります。上記のような判断を、敵対側に誤らせるためです。

使用者側から労働者に、お金の請求が可能な場合

この場合は同じ民事調停のなかで包括的に解決することを試してみます。具体的には早期に答弁書を準備して、その請求ができる根拠(資格取得費用を立て替えた金額と経緯など)と最終的に相手に支払ってよい差額 を記載して提出すればよいでしょう。民事調停はあくまでも双方の互譲で解決を目指す手続きなので、賃金債務と会社がもつ債権との相殺禁止の規定に必ず拘束されるものではないからです。

使用者側からの要求に労働者側が応じない場合、使用者側から積極的に調停打ち切りに動いてかまいません。結局は訴訟を起こさないと問題が解決できないからです。

会社側から起こす民事調停申立て

一度だけですが、実際にこれをみたことがあります。ある労働紛争で裁判外での話し合いが難しくなったため、最寄りの簡易裁判所に会社から調停を申し立てて話し合いの場を設定した、というものです。その街は県庁所在地とはかなり離れている、そのため労働局のあっせん申し立てや労働審判手続きも使いにくい状況だったと考えてください。

このときの民事調停の申し立ての内容は『申立人(会社)は相手方(労働者)に対し、相当額の解決金を支払うこと』といったとても漠然としたもので、それでも3回程度の期日は開かれました。最終的に不調で終わったのは、労働者側からの質問に会社側がちゃんと対応しなかったことに労働者側が立腹したことが主な理由です。その後の訴訟では労働者側が原告となり会社側は敗訴しており、会社側は紛争解決コストを最小化できる可能性を自ら逃した、ということができます。

調停は訴訟ではなく他人が傍聴するわけでもないので、立場が対立する労働者をあまり追い込まない面を持ちます。慎重に検討する必要はあるものの、会社側から申し立てをすることは決して悪くありません。労働者側が賃金・残業代不払い等を労基署に申告しても、使用者側から民事調停その他の裁判手続きを起こしてしまえば労基署の関与は止まります。

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