残業代請求 弁護士ほか士業のビジネスその報酬と「無料法律相談」について
労働紛争のビジネス化債務整理後のしごと、なんです
弁護士をはじめとする士業の労働問題に対する関わり方は、ここ数年で大きく変わりました。悪い変化です。
具体的には、労働者側であれ会社側であれ金儲け目的で依頼をあおったり、低レベルな仕事しかしない事務所が増えました。
代表的なのが、未払い残業代の請求です。
これは、弁護士・司法書士業界に多大な売上をもたらした債務整理や過払い金返還請求が数年前に収束したことで説明できます。
過払いで儲けた事務所の一部が、過払い以後の儲け先を探して流れ込んだ先が残業代請求その他の労働紛争だった、というだけです。
過払いバブル華やかなりし頃も、昔から誠実にやっているタイプの事務所がウェブから探せなくなる(存在してはいるが、金儲け目的の事務所のウェブサイトばかりが検索上位に出てくる)・儲かる仕事以外しなくなる・儲かる仕事でも質を落として依頼人と揉めたり懲戒される事務所が出る等の問題点はありました。残業代請求を巡っても、同じことが言えるはずです。
以下、整理してみましょう。
儲けるためのウェブサイトの特徴弁護士も司法書士も行政書士も…
一般人から広く依頼を集めて儲ける士業のウェブサイトは、つぎのような特徴を持っています。
- 正義感や権利意識をあおる
- 難しいこと・不利なことは言わない
- 無料法律相談・無料相談で問い合わせを集める
- 着手金は安価または無料。成功報酬が中心
落ち着いて考えるのが苦手な人なら気分よく近づける、問い合わせをしたくなる、という要素は豊富です。
言ってしまえばカモをひっかけるためのウェブサイトなのですから。
ただ、依頼人に不利な要素はよく読むとわかります。
残業代請求をめぐっては、以下のようなものがあります。
- 「訴訟」については説明がない。依頼費用が訴訟だけ高い。
- 成功報酬に最低額の設定がある(残業代請求なら、20〜30万円)
- 残業代請求が含まれる依頼しか受けないと言い切る
面倒なことはしたくない、儲からない依頼は受けない、という思惑が上記の記載から読み取れます。過払い金バブルのときも、代理人がなるべく訴訟は避けて適当に裁判外で和解すること、そのために和解金を下げて適当に譲歩してしまうことは問題になっていました。仕事を早く終わらせて次々に依頼をこなすには訴訟などしていられない、ということです。
残業代請求をすると依頼を誘う弁護士・司法書士事務所でここ数年間に参入した多くの事務所は、上記のような特徴を持っています。その性質は過払いバブルに踊っていたころの弁護士・司法書士の振る舞いから、容易に推測することができます。
残業代請求ビジネスの実情まず無料法律相談でふるい分け
請求額数十万円の未払い賃金または残業代請求を例に、依頼を集める事務所の対応というより労働者が見捨てられる過程を説明しましょう。
前提:これは儲け仕事だ!
身もふたもない言い方ですが、労働弁護団にでも所属していて依頼を流してくれる労働組合とのリアルなつきあいが充実していて仕事に困ってない、そんな一部の弁護士を除けば、労働紛争への関与を単に金儲けだと考えている弁護士・司法書士は相当数いる、と考えてください。
債務整理の仕事も、過払い金返還請求がはやり出すほど多重債務者救済の理念に燃えている事務所のウェブサイトより全国CMを流して嫌われるタイプの事務所が目立つように変わっていきました。
弁護士法人なら東京のAやV、司法書士法人ならS1(東京)、S2(大阪)といった事務所は、良い悪いはさておき多くの人が名前は聞いたことがあるはずです。大手弁護士法人のほうはもちろん現在も債務整理のウェブサイトを維持し、ここ5〜6年のあいだに残業代請求や不当解雇で労働者の依頼を誘うウェブサイトを持つようになりました。
準備:アクセス集めのためのコンテンツ
別のページでも述べましたが、残業代請求の潜在顧客である一般労働者から依頼をあつめるツールとしてウェブサイトは非常に効果的です。
資金力のある事務所は自社で、そうでないところは業者が運営するウェブサイトに広告を出して、アクセスや問い合わせを誘います。
そうした事務所やマーケティング業者のウェブサイトは相当な情報量(質は悪いこともあります)を持ち、検索エンジンに上位表示される対策も工夫されていて、「給料未払い 相談」「残業代請求 弁護士」などといったありがちな検索キーワードで10位以内に表示されるよう、競争が繰り広げられています。
そうしたウェブサイトの運営者を確認してみましょう。正体不明な個人や会社の場合は広告料収入が目的、運営者が士業の事務所自身である場合は、自分の事務所への問い合わせの誘致が目的です。運営者が個人や会社の方が、概してサイトの品質は悪いです。
検索キーワードによっては、士業の事務所に全くつながらないウェブサイトやブログが出てきます。これはウェブサイト内に出しているほかの広告を閲覧者にクリックさせて広告収入を稼ぐためのもので、サイトの運営者は単に「多くのアクセスが期待できるキーワード」として残業代請求を選んだというだけです。邪魔なだけなのですが、中を見ないと判断できません。
こうしたウェブサイトは検索エンジンには上位表示されるものの、べつに閲覧者への情報提供ののために運営されているわけではないのです。
目的:無料法律相談で、とにかく問い合わせさせる
自社のサイトなり広告なりを経由させて、まず自分の事務所に問い合わせをさせないと依頼=売上につながりません。このためのツールとして今も昔も用いられているのが、「無料の相談」です。相談は何度でも無料とか、休日や夜間も電話相談ができるというようなうたい文句もよく見かけます。
処理:儲かるかどうかの判定を簡潔におこない、捨てる
各事務所が電話で無料相談を行うのは「儲かる依頼がほしいから」です。
繰り返しますが、相談してきた人を助けるためではありません。
電話口で相談を担当する人は単なる事務員で、請求額などをかんたんに聞き取って金額が少なければ以後の問い合わせを断る、数分で終わる、そうしたやりとりを「電話無料法律相談」と言っているところは、大手の弁護士法人でもあります。
来所の法律相談を無料とするところは、別の思惑を持つことがあります。
民事法律扶助制度による無料の法律相談は個々の事務所で申込を受け付けることができます。相談に訪れた人がその要件を満たしていれば申込をさせてしまえばよく、相談を実施した事務所は民事法律扶助制度から相談料の支払いを受けることができます。つまり、この相談は事務所にとっては無料ではない=売上にはなる法律相談です。
各事務所がどういう思惑で無料法律相談を持っているかは、ウェブサイトをよく読むとわかることがあります。請求額が数百万円を超える可能性があり成果が挙がりやすい業務=相続や離婚や交通事故(しかも被害者側に限る)や残業代や債務整理に限って相談が無料なのに他の業務では無料相談は一回のみ、または初回から30分5千円取る、というような場合、その事務所の無料法律相談は儲かる依頼の誘致のために設定されている可能性が高まります。
儲からない依頼の回避彼らのご言い分をお聞きください
有料・無料の法律相談で、儲からない・難しいその他「依頼を受けたくない」と思われた依頼を避けるにはさまざまな対応が用いられます。以下のようなものがあります。
- いま忙しい、という
- 法テラスの利用を勧める
- 本人訴訟を検討させる
- 費用倒れを示唆する
多忙を口にするなら角は立たないのですが、当事務所に来る相談で多いのは「費用倒れする」または「自分でやらないと費用倒れする」可能性の提示を弁護士から受けた人です。筆者の事務所が本人訴訟を手段とし安価に目的を達成することを理想とする事務所である以上こうした問い合わせが多いのは、立場上順当な偏りだと言えます。弁護士たちが法律相談でいつもこんなことばかり言っているとは、筆者も考えません。
ただ、弁護士の法律相談でこのように言われてしまうと法的手続きそのものを諦めてしまう(弁護士以外には依頼先がないと思い込む・または、本人訴訟を選ぶほど腹が据わっていない)人は相当いるでしょう。
ならば最初から「○○円以上の残業代請求でないと受けません」と言ってくれれば余計な問い合わせをせずに済むのですが、それをすると体裁が悪すぎる(金儲け目的であることがわかりすぎる)ためにできません。
かくして残業代請求業界では、少額のもの・高難易度なものを含めてとにかく多くの問い合わせを集め、そのなかかから簡単なもの・儲かるものを抽出し、それ以外のものはどこかへやってしまう(問い合わせをかけてきた人がどうなろうが、知ったことではない)、そうした態度が事務所運営として合理的になってしまうのです。
簡単・高効率・多額それが理想の残業代請求ビジネス
平成28年の『日刊SPA!』ウェブサイトには次のような記事がでています。
『弁護士にとって残業代請求は、簡単作業で効率よく稼げる余地があり、かつ請求できる残業代が多ければ恩の字ということになる。一方、実入りが期待できない依頼は断るか、相談・企業側への電話交渉のみの簡易な方法で済ませるのが一般的だ。』(日刊SPA!2016.10.13 『「未払いの残業代請求」は、弁護士にとって簡単に稼げるおいしい仕事!?』より引用)
身もふたもない記事ですが、筆者が見ている実情とだいたい同じです。
これは、上品でない週刊誌の怪しい記事だと考えてはいけません。
残業代請求に最近参入した事務所の見分け方
残業代請求に特化して客を集めること自体が古き良き労働弁護士には考えられなかったはずなので、「残業代請求」を強調する事務所はほぼ全部、新規参入組ではあります。もう少し具体的な調べ方があります。
Internet Archiveというウェブサイトがあります。これは過去のウェブサイトのデータを定期的に保管して閲覧できるようにしてあるサイトで、『Enter a URL or words rerated to a site's home page』の欄に気になるウェブサイトのURLを貼り付けると、そのウェブサイトの過去のデータを出してくれます。
これで、新規に参入してページを作った事務所のウェブサイトはいつ頃から存在しているのかを読み取ることができます。もちろん新規参入組でも自信や理想をもって事務所を運営している弁護士や司法書士もいるでしょうから、最近残業代請求の仕事を始めたから不適切あるいは危険だと決めつけてはいけません。
ただし、その事務所の「債務整理」や「過払い金返還請求」のページが別にあり、そのページが残業代請求のページのずっと前から開設・維持されていた場合、その事務所は単に過払いバブル崩壊後の稼ぎのネタを探して残業代請求の仕事を始めた事務所である可能性は高いです。
残業代請求に対する、中小零細企業での対応方針
上記の『日刊SPA!』の記事やInternet Archiveでの検索で労働者側の代理人弁護士の素性が見えた場合、こうした弁護士による残業代請求への事業者側の対応には過払い金返還請求における貸金業者の対応がほぼそのまま使えると考えて差し支えありません。
一言でいうと内容証明を送り付けられた段階で裁判外の交渉を開始し
「なるべく手間を掛けさせる可能性を示唆しつつ、できるだけ値切る」
ということになるでしょう。一方で、訴訟を起こされたところで支払額を大きくアップさせ、判決だけは避ける、ということになるはずです。
かつて過払い金返還請求がはやったとき、経営の苦しい中小零細金融業者はだいたいこのような対応をして、能力の低い代理人(弁護士や司法書士)に対して一定の成果を挙げていました。業者のなかには、返還すべき過払い金額を半分とか8割引にしたり、分割払いや支払時期の先送りを実現した者もいたのです。残業代請求で完全成功報酬制をとる場合も、請求する側の代理人は個々の事案に時間をかけるより適当に値切られても和解して次の仕事に移ればいい、という発想は常にあります(決して依頼人には告げません)。
労働者側でも経営者側でも注意しておくべきです。代理人に他の仕事がたくさんある状況下では「残業代請求は完全成功報酬制だから、とにかく請求額を上げるように代理人が運動し続ける」と考えることはできません。むしろ、「適当な請求額で妥協して、次の案件を手がける」ほうが労力に比した売上は上がるはずだ、ということは事業を経営していれば感覚的にわかるでしょう。
このことから、訴えられるまでは派手に値切る提案を、訴えられたあとは少し値切る提案をし、可能ならば勝ち負けの行方だけは正しく見切って自社で対応し、無駄に代理人はつけない(着手金なんか払うより、そのぶん支払い原資に回したほうがまし)、というのが中小零細企業において弁護士から残業代請求を受けた場合の経営上合理的な対応になります。
こうした記事を書く筆者は労働者の味方なのか経営者の味方なのかわからない、という印象を持たれることはやむを得ません。基本的には労働側ですので、残業代請求を弁護士・司法書士といった代理人に依頼する際には上記のような挙動を採られないよう気をつけてほしいと考えてこの記事を公開しています。
経営者側に対しては、「過ちは過ちとして認め、無駄なカネを投じたり下手な言い逃れで傷口を広げない」態度をとって健全な企業経営を目指してほしいと考えています。どちらにもべったり寄り添わない関係で、どちらからも依頼が殺到するようなことはありません。
ご自分でよく調べよく考える人は誰であれ応援したい、と考えています。
以下では弁護士が手放した顧客層をめぐって争う、行政書士・司法書士・社会保険労務士といった人たちの挙動についても考えていきましょう。
残業代請求の内容証明期待するほどの効果はないかもしれません
手続き選択の際の注意点特に内容証明をめぐって
適切な労働相談によって給料不払いや解雇の不当性、未払いの残業代の額など相手方にどのような主張ができるのかがわかってきたら、それを実現する手段を選ばなければなりません。
特に弁護士を利用しない(断られたため利用できない)場合を考えます。
いろいろな法律関連職能が手続ごとになわばりを主張している現況にあって、あなたがとるべき手続によって資格職能=司法書士・行政書士・社会保険労務士の採否や自分で全てをおこなうかどうかを決めなければなりません。
特に140万円以下の給料や残業代請求をはじめとする労働紛争の相談先を探した場合、司法書士なら一般的に裁判手続きをすすめるはずです。社会保険労務士はあっせんや労働基準監督署への申告から入りたがるでしょう。行政書士なら内容証明の有効さを力説しているはずです。
それぞれ自分の持っている資格を労働相談の目玉にしているだけなら、労働者にとってはいい迷惑です。
特に、内容証明だけ作ってくれるような(弁護士・司法書士以外の)事務所に依頼するなら、その事務所が労働紛争に対処する能力が本当にあるか否か慎重に見極める必要があります。
内容証明郵便の利用には、デメリットもあるからです
いったん内容証明を放ったあとに未払いの残業代や解雇予告手当を計算しなおしたため請求する金額が増減したり、解雇をめぐる労働者側の主張がゆらぐようでは相手に未熟さを暴露する(なめられる)ことになります。サービス残業や名ばかり管理職の実情があるために長期に続く不払い残業代の請求では、時効の中断に失敗して権利実現の機会を一部失う可能性もあります。
一部の使用者は労働者から内容証明をもらった時点で証拠の改ざんなど踏み倒しの準備をはじめます。主に証拠の収集をめぐって内容証明の送付までにできることがあるなら、やっておいたほうがいいわけです。
給料未払いであれ残業代請求であれ、事業主が夜逃げしたり店舗が閉鎖されたような明らかにつぶれかけている企業に対して内容証明を出してみよう、というのは完全に無駄です。
このような場合は使用者側で内容証明を受け取る人がいないのに、それでも内容証明を出して対応を見ようと提案する士業の人がいるのです。
給料未払いでは、紛争初動での対応を誤ると時間もお金もムダにします。
よほど単純な賃金未払いを除いて内容証明を出す時点で十分に権利関係と労働者・経営者の状況を整理できていることが望ましいし、それには労働法と労働紛争の知識と経験が必須なのです。誰かのウェブサイトに書いてあるとおりに手順をなぞったら確実にどうにかなる、というものではありません。
筆者の経験では当事務所に労働相談に来られる依頼人の大部分は、内容証明を使う必要はない状況にあります。あえて内容証明の利用を推奨することもしていません。
また、ちょっと物のわかった経営者なら行政書士は給料未払いをはじめとする労働紛争において、内容証明の作成代行の後に続く強制力ある手続に合法的には関与できないことは知っています。
そうでなければ反対に、行政書士という人がなにをするかを知りません。
司法書士と行政書士の区別がつかない社長、どちらも知らない社長は世の中にたくさんいます。
仮に誰か専門家の関与があっても、事業主に対する内容証明がデモンストレーションとしての効果があがることはごく限られた局面でしか期待できません。どんなに勝ち負けがはっきりしている労働紛争でも争いたければ裁判まで争えますし、訴訟になった時点で妥協して和解することは裁判所からも歓迎されます(判決を書くことを、裁判所は常に避けようとするからです)。
紛争の決着地点のギリギリ手前まで上記のように粘れるのですから、内容証明を作成送付することによる費用が役立つかどうかはほとんどの場合、行政書士だの司法書士だのといった作成者の職名ではなく相手次第なのです。
もし労働紛争における内容証明に相手方への脅しの効果を期待するなら、行政書士に1万円払うより弁護士に3〜5万円払う方がよほど威嚇効果があります。しかし、少額な事案では依頼をうけてもらえるかそもそも不安がある点は説明したとおりです。
この点、弁護士ではなく司法書士が代理人についても相手方に十分な効力を発揮するかは残念ながら不明です。相手は司法書士という職業を知らないかもしれません。そもそも司法書士の代理権には請求額140万円までの上限規制があるので、訴訟になった場合に請求額が160万円とみなされる不当解雇の撤回・懲戒処分の取り消しをもとめるような内容証明については代理人として作成することさえできません。
戦力の限界が敵に知られる・時には見くびられて紛争悪化につながるという危険は、行政書士だけでなく代理人としての司法書士にも存在すると考えなければなりません。
ならば、内容証明作成だけを外注する必要があるでしょうか
当事務所では『弁護士以外の職能では、未払い賃金請求の内容証明を作成するだけなら効果は素人と同じ』と考えています。基本的には労働相談で権利関係を整理した上で、依頼人ご自身で内容証明その他の文書を出してもらうことが多いです。
請求額が140万円を下回る給料や残業代未払い事案で代理人になったときには筆者が催告書を作成しますが、これも無視されたり支払にはつながらないという前提で特定記録郵便やファクスで送付することがほとんどです。
ここ2年ほどに限れば、それで未払いの賃金が支払われたり、相手方会社から何かの反応が返ってくることが大部分なのです。筆者が司法書士として代理人になる場合、内容証明だからお金が払われるとか、内容証明でないと無視されるということはあまりないと考えてよさそうです。
職印押したら価値が上がるというセールストークは変です
内容証明郵便に書面作成代理人が職印を押したら相手へのプレッシャーになる、というウェブサイトがあります。そうは思いません。
もし何らかの文書に弁護士以外の資格職能の名前や職印を押すことで相手への脅威度が増すのであれば、その文書は内容証明を使っても使わなくても同じ効果が発生するはずです。
一方で、内容証明郵便という制度の利用に相手方が脅威を感じてくれるならば、そこに資格職能の名前や職印がなくても相手から望み通りの反応が得られるはずです。
そして、筆者のいろいろな経験では内容証明を使った場合とそうでない場合とで相手からの対応に大きな差があるようには思えません。
むしろ内容証明を使った場合にのみ紛争が悪化することがあるようです。
ここで問題なのは、試行錯誤をして経験を積むことは専門業者を名乗る者なら決して不可能ではない、ということです。
最初の連絡には内容証明を使わず、二度目以降の送付に利用する、というような操作は手間と数百円の費用さえ惜しまなければ、同一の相手に対して試みることができますから。
同様な案件で多数の依頼を受けることを当然想定しているプロフェッショナルなら、そうした実情を十分把握したうえで情報提供をおこなったり、依頼人の実情によりよく適合した手法を提案できる、そうした能力をアピールしてよいはずです。
こうした点からも、単に●●書士の印鑑と内容証明という組み合わせを強調してなんの説明も試みないウェブサイトには誠実さを感じません。間抜けに見えます。
筆者が知る実情として、労働紛争において弁護士以外の人が作る内容証明は受け取る側の認識において、士業が職印を押して出すのと依頼人が自分で出すのとほとんど同じです。内容証明郵便と特定記録郵便との間でも、効果の違いはほとんど見いだせない、と考えたほうがいいようなのです。
当事務所には他事務所の労働相談や内容証明作成で失敗した方が来ることもあるため、厳しい見解に偏っている可能性もあります。
実は筆者の実務家としての能力が本当はとても低いために会社側から相手にされていない、ということも可能性としてはあるかもしれません。
ファクスを送って脅迫+和解提案する代理人
これらの実情を、さすがに弁護士はよくわかっているようです。
筆者が司法書士として訴訟代理人になったある労働訴訟で弁護士が会社側代理人について当方全面勝訴、判決確定となったものがありました。
その後も訴訟で請求が認められた給料は未払いのままという事案です。
これをうけて筆者が会社代表者本人に特定記録郵便で支払いの要求をする文書を送ったところ、訴訟代理人だった弁護士から「代理人を無視するとは倫理規定に違反している、お前を懲戒請求するぞ(それがイヤなら支払額を減らして分割払いで和解しろ、という要求が続いていました)」という内容の文書がファックスで送られてきたのです。
もちろん、弁護士の職印を押してあります。
ここでは『ファックスで』というのがミソです。
十分な能力を持った人が十分に脅威のある内容を記載していれば内容証明という形式にこだわる必要がない好事例といえるでしょう。
この要求については、訴訟が終わって2ヶ月以上何の対応もせずに放置しておきながら筆者が書面を送ったあとで都合良く代理人として復活してくるのはどうかと考えてその弁護士を無視することにしました。
債権差押申立を複数回おこなって全額を回収しましたが、結局この弁護士も、筆者を懲戒請求する気はなかったようです。
もしこの文書が内容証明で来ても、筆者は同じように対応したでしょう。
内容証明が相手に冷静に分析されるか本当に無知な相手に受け取られるかして望み通りの脅威度を与えられない実情があるとしても、工夫の余地は残っています。
内容証明に限らず相手への文書送付に際してタイミング・文章表現・発送前後で平行して行うほかのルートでの働きかけなどをうまく工夫することで、一時的に動揺させることや連絡を試みたくなるように仕向けることは普通の人にもできることがあります。
そうして全部または一部の請求を実現したり、そこまでいかなくても相手のミスを誘ったり交渉のテーブルに着かせることに成功した例もいくつか出てきています。
これまで使った例をいくつか挙げてみると
- 事前に電話で騒いで手こずらせておく
- 相手からの電話に出ず交渉せずにおく
- 重要な、または緊急の仕事を預かっておいて、頓挫させる可能性を示唆する
- (法的措置ではなく)業界団体や監督官庁への通知をする旨強調する
- わざと請求額をつりあげて、相手の反論を誘う
- わざと請求額を引き下げて、払えるぶんだけ払ってもらう
- 役所への申し立てと指導を先行させて、後に着く内容証明の見かけ上の脅威度を増す
- 取引先に通知して、そこからの圧力を期待する
こうしたことを考えることがあります。
一見すると相反する選択肢があるのは、相手の状況や経営者の性格などによってとるべき行動が全く異なるからです。上記の例で弁護士が筆者に採ったのは、「懲戒請求」つまり監督官庁へ通知して筆者に不利益をもたらす可能性の告知で、わりと一般的な手法です。受け取った方が立腹するため逆効果になる可能性もある、ということもこれまでの説明から見えてきました。
正義はさておき、相手の状況を考えましょう文書送付に限らず重要です
こうしたアプローチは相手に応じて、法を犯さず非難もされないようにやりかたを選んでいくことになり、相手の気持ちがわからない人には決しておすすめできない面をもっています。
しかしそれだけに当たった場合の効果は絶大で、時には訴訟の勝敗すら左右することがあります。
こうした『ちょっと意地悪なつつき方』は経験が物をいいますので、労働者側にいわれた通りのことしか内容証明に書きません、とにかく強気でやればいいんです、などというだけの弁護士や行政書士には期待できないし、ご自分で見よう見まねでやってみるのもあまりおすすめはできません。
内容証明郵便に強制力が皆無である以上、正義がどこにあるかはひとまずおいておいて、相手が今の状況やこちらの対応をどう考えるかを落ち着いて推測してみることもとても重要なのです。
筆者は労働紛争にかぎらず法律相談の席で、依頼人にそうした質問をよくしています。