錦秋の結実

遅滞防御−読み方は「じかんかせぎ」−

弁護士のどこが気に入らないか、といえば、こいつらはおよそ、忙しいふりをして口頭弁論期日を先に延ばしたがるのだ。芦葉のときも初回の口頭弁論期日は欠席したし、出頭してもろくな準備書面を出さないことがある。裁判が遅いのは、ぼくは弁護士が悪いのだと確信している。片方についただけで口頭弁論期日3回に1回ぐらいはムダに終わらせられるのに、そんなのが原告にも被告にもつくような状態を想像するだに寒気がする。

親愛なる波田センセイも、さっそく一発やらかしてくれた。

9月11日に訴状を受理した裁判所は妙に動きが早く、なんだかんだで17ページの訴状を出したにもかかわらず翌9月12日、この事件を少額訴訟のまま、口頭弁論期日を10月18日に指定して期日呼出状を送達した。当然、いまや被告の砂上開発には呼び出し状と同時にこちらが出した訴状と証拠の写しが特別送達されている。この間遅くとも、4日はかからない。

ここからが波田弁護士の本領発揮というべきものがあった。まず、紙切れ一枚の「答弁書」をようやく10月9日付けで提出。と同時に10月18日の期日を延期するよう申し立てたのだ。

呼び出し状がとどいた9月中旬でなく、10月9日に。

さらにスバラシイのがこの「答弁書」。請求の趣旨に対する答弁で請求棄却を求めるのは朝おはようというぐらいの常識(この常識が通用しないのは砂上事務所ぐらいだ)だから、別に全然かまわない。問題は請求に原因に対する認否をまるごと留保した点だ。曰く、

本事件について、被告の認否及び主張が膨大であるため、追って提出する。
と。

一方で裁判所は、今回も対応が速かった。こちらに電話をかけて予定を確認したあと、早速翌10月10日、当初の一週間後の10月25日午後1時30分に期日を指定してきたのだ。

しかし、この答弁書に「被告の認否及び主張が膨大である」という。たくさんあるから、あとでだすよ、と。
ついに砂上陣営が全面的に反撃に移るのか?まさかあの回答書で見せた波田弁護士の(無)能力は、こちらを油断させるための高度な欺瞞戦術?ぼくはそれに再反撃できるのか?

…疑心、暗鬼ヲ生ズ。
落ち着いて考えたら、それはなさそうだ。

第一。今回の期日変更そのものが、純粋に「引き延ばし」である可能性が極めて高い。

理由。被告側への第一回目の期日呼出状の送達は遅くとも9月16日になされている。波田弁護士はすでに7月の時点で砂上とぼくとの紛争に砂上側で関与している。つまり砂上は受け取った訴状を直ちに波田弁護士に持っていったと見ていい。よって、本当に波田弁護士において10月18日に何らか予定が入っているならば、9月下旬の時点で再度の期日指定があったはず。他に担当している訴訟があるとしても、口頭弁論期日は通常一ヶ月おき程度の期間ごとに開かれるし、そうであれば9月の口頭弁論期日が終わった時点で10月の予定のすりあわせが終わっているのが通常だから。

第二。被告側は期日の変更を申し立てるにあたり、少額訴訟での裁判を求めている。

所感。本当に「膨大」な主張を持ち込んでくることを企図した場合、通常訴訟への移行を申し立てないのは不自然。あくまで少額訴訟での、つまり午後の2時間か3時間ちょっとの間に争点が整理でき証拠を調べられて裁判官が心証形成できるような「膨大な主張」、というのはありえない。万一それを望むなら、むしろ準備書面を早めに出して裁判官が落ち着いて目を通すようにするはず。

第三。被告が『膨大な』主張を持ち込むことは、法的に不可能。

理由。まず被告自身が少額訴訟を望んでいて、少額訴訟では反訴請求が出来ない。だから被告の主張は、あくまで原告であるぼくの訴状の請求原因にもとづいてしか展開できない。

ではぼくの訴状だが、これがやたらと分厚いのは割増賃金の計算に手間がかかったからというだけ。なお一日一日の就労状況を立証して、給与明細記載の残業時間には残業でないものが混じっているというような主張は理論上可能ではあるが、それなら通常移行せざるを得ないし、砂上事務所では業務日報のようなものがない以上、ろくな証拠は提出できない。

第四。なにより被告訴訟代理人にとって、ペイしない。

前提。ぼくの在職中、誰からも砂上と波田弁護士の関連を聞いていない。ゆえに、砂上と波田弁護士はそんなに親密でないと考える。波田弁護士は、あくまで「仕事で、お金を稼ぐために」砂上から訴訟代理を受任している。そして労働紛争への対処能力としては、お話しになっていない。

所感。仮に被告代理人として、請求額22万円余のこの訴訟に全面勝訴しても、波田の報酬は、最大限大目に見ても13万程度。こんな訴訟の依頼をなぜ受けたのかはともかく、単純に100万円の貸金返還請求訴訟で勝訴出来れば20万円以上取れるのだから、こんな訴訟に精力を注いでも、たちまち採算割れするだけ。訴状に目を通すだけで、すでに「ほかより格段に面倒な裁判」になっているはず。

結論。いってしまえば答弁書における波田弁護士の陳述は、夏休みの宿題をやっていない子どもが9月1日にする言い訳と同じ。

ちゃんと出すことはできるんだけど、とにかくあとで、ね。と言うものに過ぎない。そして、実際は今必死にでっち上げの真っ最中なのだろう。

それにしても…速く持ってこいよ。

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決戦前夜

被告陣営が、主張の提出を先延ばししたのが単純に時間稼ぎ、あとは準備書面が作れないために行っている言い訳とするならば。

ぼくは口頭弁論期日の「前日」が一番危険だと考えていた。期日の前の日に裁判所に準備書面を出したなら、担当裁判官は一応その書面を読めるが、郵送が間に合わないからぼくの手元に準備書面がとどくのは、口頭弁論期日5分前−というわけだ。

平成13年10月24日。午後5時。念のため裁判所に電話をかけて確認するが…

まだ、提出されていない。まず間違いない!連中は明日になっても、もうろくな主張を持ってはこない。ひょっとするといきなり和解の希望を出してくれるかも?

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腹が減っては戦はできぬ

裁判所近くのその店は、どうやら「お茶」が主な商品らしい。しかし、ありがたいことにパンと飲み物を手に入れることができた。

「お兄さんはなんの仕事をしてみえるの?」
店頭のベンチを借りてお昼をいただくぼくに、店番のおばさんが話しかけてくる。久しぶりに背広に袖を通してカツサンドを求めたぼくのことを、どうやら何かのセールスマンだと思ったらしい。

「いやいや、普段は工場で働いてるんですけどねぇ、ちょっとそこの裁判所に、裁判やりに」

目を丸くしたおばさん。彼女にとっては本人訴訟など、遠い世界のことなのだろうか。

「はは、別に悪いことしたわけじゃなくてね。以前そのへんの行政書士事務所で働いてたんだけどこれがロクでもないとこで…自分で裁判やって給料取り立てなきゃならないんですよ。だからほら、『カツ』サンド!」

「ひゃあ〜若いのに〜。それはすごいねぇ。」

いえいえ。たいしたことではございません。それがすごいというならば…少なくとも労働紛争という場においては…
そんなすごい人を世に多く送り出すことと、それがすごいことではなくなるような世の中に近づけることが、将来のぼくの仕事なんですよ。開業するまでは心の中でしかそう言えないのが、少し悔しい。

「ごちそうさま。じゃ、いってきますね」
「は〜い。がんばって!」

裁判所まで、あと3分。いま、平成13年10月25日、午後12時50分。
なんだかんだと考えながらも、やっぱり足が震えていた。

そりゃそうです。どんなに思い入れが強くても、どんなに綿密に書面を作っても、どんなに相手方の対応を推測しても、本人としてでも司法書士としてでも社会保険労務士としてでも、

権利を懸けて戦いの場に出る以上、こわいのです。

それが他の大事な人の、であれば、なおさら、です。

紛争の解決を助ける、というのは、こわい仕事なのです。

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茫然自失

10月25日午後1時20分。裁判所の廊下で手渡された「準備書面」に、ぼくは腰を抜かしそうになった。さすがは、波田弁護士!

待ちに待ったその、「被告の認否と主張」は、23行。A4判の紙っぺらに、実質1枚ぶん。

「膨大な」認否や主張は、一体どこ行っちゃったのよ!しかもこれを、裁判所にも出したばかりらしい。確かにこれなら、30秒で読めるよ。うん。
とはいえ否認が出ている以上、そこが争点になる。こっちが出している書証ででカバーできない部分は自分が本人尋問のときにちゃんとしゃべらないとだめだ。さらに砂上にぼくが尋問することも出来るし波田弁護士の砂上の尋問に反対尋問をかけることもできる。さあ考えろ鈴木!

まず基本給の変化。採用当初の基本給は18万だった、とのこと。
なら平成11年9月の基本給の支給状況については、砂上側がなにか尋問で言ってくる。そこを叩けるか?

肝心なのは割増賃金。なんとなんと、まず『(1)被告代表者が原告に対して、平日ほとんど毎日、明示又は黙示に残業を指示したとの主張を否認する』って?
じゃあ、あの給与明細の記載はなんなのよ?

『(2)被告は原告に対し、午後5時を経過していても事務所に居残り、タイムカードで居残り時間が特定できる限り、被告の指示なく残っていた場合でも、1時間あたり1,000円で計算した金銭を支払って来た。被告は、これを残業手当として賃金台帳の記載し、原告もこれを了解のうえ受領していた。すなわち、原告と被告の間には、タイムカード上5時を経過して原告が帰った場合は、その超過時間につき、1時間あたり1,000円を支払うという合意があったのである。』

『(3)被告は原告に対し、残業を命令指示した事実はなく、被告は労働基準法に定める残業を行ったことは一度もない。よって、原告が主張する割増賃金の計算には根拠がない。』

はあ。まずわかることは、砂上センセイはまず「残業」というものを指示したことがないんですね。わかりました。
つぎに、被告の指示なく=ぼくが勝手に事務所のなかに残っていて、かつタイムカードをテキトーな時刻に打って帰った場合は、時給1000円くれたんだ、と。

でもってそういった居残りの性質だが、「労働基準法に定める残業を行ったことは一度もない」と強気に言ってみせるわけだから、ここで居残ってやっていた作業は「砂上事務所の補助者の仕事」ではないってことだね。

結論。

ぼくが仕事をせずに、また、砂上事務所の仕事とは関係なく、なんとなく事務所に居残ってあそんでいても、ぼくは自動的に時給千円のお小遣いがもらえました。
それを名前だけ、残業手当と言ったんです。

ばかこけ−−−−−−−−−−−−−−−−−っ!

常識あるのかこいつら?ふざけんな!
一体どこの世界にそんな労働者のパラダイスがあるもんかよ。

だったら毎月毎月事務所になんとなく100時間いれば、毎月10万円のお小遣いがもらえたってのか?こいつらの理屈だとそうだ。

もう間違いない、誰がなんと言おうとこの訴訟代理人、馬鹿だ。少なくとも常識が通じる世界に住んでなんかいない。毎朝補助者に挨拶ができない行政書士と同レベルの人間だ。こんな奴が訴訟代理できるなんて、信じられない。これが奴らが出した主張のすべてで、これで訴訟に…勝とうとしているのかよ!

腰を抜かしているまもなく、馬鹿のご本尊が二体ならんでやってきた。どんなに対立している相手でも、いちおう挨拶だけは、ぼくはする。

「センセイ(くたばれ)お久しぶりです(はり倒してやろうか)」
「…お」
やっぱりこの人、いまもってあいさつができない。

「(おまえが)波田センセイですね?(帰れ!)どうも(こうもねえよ)」
「あ、波田です。どうも」

年は砂上と同じぐらいだろうか。軽く頭を下げる。砂上と違って日本語であいさつはできるんだな。それがわかっただけでも大いなる前進だよ!ケッ!

足の震えはとっくに消えうせていた。書記官がやってきて、法廷の扉をあけてくれる。午後1時27分。

ところでこのステキな準備書面、平成12年2月の給与支払い状況に関しては、認否すら忘れてるんだな…まずはこの辺から叩いてやるか。ふっ。

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円卓法廷

「裁判官がくるまで、ちょっと待っててくださいね」
書記官がそう声をかけて、法廷を出て行く。簡裁のラウンドテーブル法廷は4階。最上階の東南角部屋。被告席の向こうは、気持ちよさそうな昼下がりの青空だ。窓一つない名古屋地裁のラウンドテーブル法廷とは大違いだ。

原告席の高さはガス圧で調節できる。すこし高めにとって筆記をしやすく。机上にすべての資料を広げ、メモ用のレポート用紙を真っ正面に。開店準備、完了だ。一息つく。

ところでこの波田センセイ、日本語だけは通じそうだよな…

「いやあ、皮肉とは思わないで頂きたいんですがセンセイ(苦情です!)、よくこんな(ロクでもない)訴訟をお受けになりましたね(おかげで被告もえらい出費でしょうよ)簡易裁判所の訴訟でも、よくお受けになるんですか」

「ああ、そうだよね…ぼくは中坊公平みたいな傾向のを目指してるから…」

な−−−−−か−−−−−ぼぉ−−−−−?

それは「被告側が弱者で正義だ」って皮肉かい?それともぼくが知らない間に中坊元弁護士が資本のイヌに…いや、これは想像するだに失礼だ。少なくともこいつが本気だったとしても、言ってることとやってることが全然釣り合ってない。

「まあ今回の件も、『見解の相違』なんだよね。もともと労働基準法は工場労働者を対象にしているんだし」

はじまったよまた労働法の講釈が!しかも紛争の対立当事者に軽々しく「見解の相違」なんていうな!

思考を空転させながら必死で相づちを打ってる間に、裁判官が入ってくる。一瞬とまどったのは、彼からすれば原告と被告代理人の弁護士が親しげに会話しているように見えたから、だろうな。左右を見比べるようにしながら正面に座り、話しかけてくる。

「あの、よろしいですか?」

事件番号の読み上げも「起立、礼!」の号令もなく、傍目からみれば和やかに。

戦端はいま、ひらかれた。

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口頭弁論

裁判官は、若そうだ。30歳ぐらいだろうか。

裁:「えぇとまず今日来られたのは原告の鈴木さん、ご本人ですね」

僕:「はい」

裁:「被告のほうは代理人の波田先生と、砂上さん?」

砂:「はい」

裁:「双方から証拠が出ていますけど、原本確認されますか」

僕:「あ、ぼくのほうはいいです」

裁:「砂上さんはどうですか?」

砂:「結構です」

なーるほど。どうやらこの裁判官、必要がなければ原告だの被告だのとは言わないようにしたいらしいな。

裁:「じゃまず鈴木さんのほうから、訴状にかかれていることについてお尋ねします、お持ちですよね?」

もちろん。なんなりと!目線でうなずく。

裁:「この請求は割増賃金等支払い請求ということですが、そのうち割増賃金は一部だ、ということですか?」

え?なにかすごく難しいことをきかれているのかな?意味がわからない。

僕:「すいません、おっしゃることがわからないんですが」

裁:「言い方を変えましょうか、ここで請求している未払賃金のうち、一部は割増賃金の支払いにかかるものだ、ということでいいですか?」

僕:「あ、そうです」

質問が簡単すぎて、かえってわからなかった。あぶないあぶない。

裁:「じゃあ、つぎに砂上さん。今日出された準備書面ですと、残業そのものが全くなかった、ということでいいんですよね」

波:「はい、そうです。被告方会社では残業がなく、事務所に残っていた時間についてタイムカードで記載の通りの時間について、1時間1000円の金員を、一種の慰労金として払っていたわけです」

さすが波田センセイ。こっちが目線で殺意を送りつけてるにもかかわらず、平然としゃべってくれる。一方で砂上はそれほど剛胆ではないらしい。目が泳いでるよ!

裁:「じゃそれが立証できなければ原告の請求が通るわけですね」

一瞬の沈黙。原告席に流れるのは静かな歓喜!被告陣営に淀むのは隠しきれないとまどいか。目線をあわせる二人。

ま、これから頑張って屁理屈こねてよね。

裁判官のカウンターアタックこそが、まさに速攻だった。だいじょうぶ!やっぱりここは、天使の梯子の登り口だ。ここにはしっかり、労働法のひかりが差している!

いつしか書記官すら、退出していた。ラウンドテーブル法廷にはぼくと裁判官、被告陣営の二人だけだ。事情を知らない人がみればなんのミーティングかと思うだろう。司法委員どころか書記官抜きで裁判やっていいのか否か、というのは考えると恐ろしいことになりそうなので…やめた。

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このコンテンツは、ブラックな零細企業の残業代不払いと本人訴訟の体験談です

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Last Updated :2013-04-08  Copyright © 2013 Shintaro Suzuki Scrivener of Law. All Rights Reserved.