残夏の憂鬱−決戦準備−

受験結果

平成13年8月26日、日曜日。午後9時。

ようやっと帰り着いた自宅で、ぼくは珍しく、一人でお酒を飲んでいた。

酔えない。憂鬱になるだけだ。

とりあえず、来年はちゃんと会社を休んで受験しよう…

最大の原因は寝不足にないにもかかわらず、そう総括して頭のなかの自己批判の山を脇に押しやった。もう、寝ることにする。昨日から寝ていないのだ。というより、『今日』起床したのが、『8月25日土曜日、午後9時』だったのだ。

2万円なりの皆勤手当を逃したくないばっかりに、8月26日は深夜午前1時30分から午前8時45分まで工場で仕事をしてバスに乗りタクシーを飛ばし、午前10時30分から午後4時過ぎまで社会保険労務士試験を受けていた。これで受かれば、そりゃすごいって。

今日は社会保険労務士試験の試験日。ぼくは厚生年金保険法の選択式で、2問しか正解できなかったのだ。例年、選択式の足切り基準は「正解3問」これを満たさなければ、問答無用で不合格になる。

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訴状提出

「司法サービスの一環として」
彼は心持ち胸をはってほほえんだ。

「持ってきていただければ、押してます」

ぼくはなんとなく、この人が好きになった。彼は砂上事務所の所在地を管轄する裁判所の書記官。受付がご担当だ。後の机では担当者が3人、みんなで電卓を叩いて、ぼくの訴状の最終ページにつけた『各賃金支払期間における賃金未払い既払い総括表』を検算中だ。説明を求められないところをみると、これで意味は通っているらしい。

「ただし訴状の内容を今後裁判所でよく検討した際に、職権でこの通常訴訟に移行することがあるし、相手方の申し立てによっても通常移行する、というのはもう(説明は)いいですよね?」なおもにこやかに続ける。

この対応はぼくが、一応は司法書士試験に受かっている者であることを意識してのものなのだろうか。それとも、本人訴訟のために来た者すべてへのものなのだろうか。ところどころで前者がでてくる感じがするが、後者であってくれれば○○簡易裁判所の受付、というのはなかなかフレンドリーなところだ。

平成13年9月11日午後2時半。ぼくの訴訟は○○簡易裁判所(少コ)第3○号割増賃金等請求事件として、つつがなく受理された。

ただ2点、少額訴訟の提起の際には通常訴訟と同じ額の切手を持っていく必要はない、ということと、自分の分の訴状に、裁判所の受付日付印を押してもらえる、ということを除いては。 

やっぱりまだまだ、勉強が足りない。

手続選択

たぶん落ちたであろう平成13年度社会保険労務士試験。精神的打撃からの立ち直りは、早かった。というより、落ち込んでるヒマがない。7月に放った催告書で一応時効の進行は止まっているが、これはあくまで「一応」だ。とっとと裁判手続に移行しないと、時効中断できない。そう、必ず「裁判所へ持ち込まないと」もうだめなのだ。

まず手続の選択肢から、調停の申し立てを外す。砂上はたぶん、あのステキな弁護士を立てて全面対立の方向に持ってくる。ムダだ。支払督促も同様の理由でだめ。というより、敵陣営に弁護士がいることと、その弁護士まで含めて砂上陣営における労働紛争への対処能力が高校生未満である現状では、「督促異議を申し立てたら、訴訟になってしまうんだよ 心当たりがあるならお金払った方がいいよ」という穏便な脅しを突きつける意味はない。自分の言ってることの馬鹿さ加減に気づいていない連中から強引にお金をぶん取るしかないのなら…やっぱり訴訟だ。

ではどうするか?最初ッから賞与についてはあきらめている。訴訟を維持できるだけの証拠が、こちらにない。よって捨てる。

未払の基本給と割増賃金については一体と扱っていい。

そして、これの支払義務があるかないかをはっきりさせていないと、それを元に計算した平均賃金で請求している解雇予告手当の請求ができない。万が一割増賃金に関する請求棄却となった場合、解雇予告手当の再計算が必要になる。もちろんこの紛争で割増賃金の支払い請求が通らないようなら、解雇予告手当を再計算するどころか司法書士として開業すること自体が無謀だ。

だから、まず基本給&割増賃金が先。解雇予告手当は同時か、それよりあと、だ。選択肢は「同時か、あとか」の二つ。

そして、基本給&割増賃金の請求を先行させた場合、「少額訴訟」の活用が見えてくる。本体の請求が13万円ちょっとだから、付加金の請求をくっつけても22万円超。(当時の民事訴訟法上の制限である)30万円を超えないから、余裕で使える。これで、アホな砂上陣営があくまで駄々をこねて判決になだれこんだ場合、判決まで苦労させられたご褒美=「付加金」が本当に取れるかもしれない。そのかわり和解になった場合は「事情により未請求」という扱いにした解雇予告手当を和解合意の枠外にするか、さもなくば…
本で一度読んだだけだけど、ぼくにも「あれ」が出来るかもしれない。

基本給&割増賃金、解雇予告手当の請求を同時にやったらどうなるか?解雇予告手当の付加金までくっつけると請求額は約72万円弱。砂上に対する嫌がらせ、を最重点に置くならこれに賞与の支払い請求をくっつけて約94万。地方裁判所の案件になるが、その裁判所は地裁の支部を兼ねているからそこでいい(当時の事物管轄は、90万円までが簡易裁判所)。

これなら仮にこちらが完全敗訴しても、砂上は波田弁護士に着手金と成功報酬で20万以上払うことになって大変いい気味なのだが、さすがにこれは発想として不健全でありすぎる。それにこっちは未払の割増賃金と基本給の合計13万円が取れればそれで勝ち、と見ているのだから、そのために欲しい金額の7倍以上の訴訟を起こすのはちょっと気が引ける。それに全請求を同時に行う場合、簡易裁判所でも必然的に通常訴訟になる。口頭弁論一回ごとにこちらが往復約千円かけて出かけていかなければならないのに、向こうは歩いてこれるのでは長引くほどこっちが損だ。

ならば、基本給と割増賃金の請求をまず先行させ、これを少額訴訟で一気にカタをつけて、ついでに「あれ」ができるかどうか見せてもらおう。できるならそれが、今回の戦略目的に一番沿うのだから。

訴状作成

本人訴訟はこれで二度目。芦葉との訴訟は通常訴訟だったので、少額訴訟は初体験だ。ただ証拠はふんだんにあるので、あとは相手がおかしな証拠を偽造してこなければほぼ勝ちとみていい。難易度から言えば、請求が認められなかった先例を意識しながらあえて提訴した芦葉との訴訟の方がよっぽど難しかった。

なにしろ気楽なシロウトの(こんなときだけシロウトだ)本人訴訟のこと。要件事実はあまり意識しない。要件事実と裁判所に知っておいて欲しい間接事実、あとはこの期に及んでなお「スペアはいくらでもいる」などと思っているだろう砂上と、他人の紛争に平然と割り込んできた度し難い弁護士に言っておきたいことをゆるやかに区別して書いていく。そして最後に、特に裁判所に言いたいこと、知っておいて欲しいことをまとめて書いた。この部分で悶着が発生するのは、むしろ望むところ、だ。

プロだったらもう少し、計算過程を別紙に逃がすのだろうがその必要はないだろう。本文中であれ別紙であれ、どうせ書かなければならない。

なんだかんだと言っているうちに、訴状は本文10ページ。添付別紙3ページ。言いたい放題言って書いておいた部分4ページの17ページ編成とあいなった。手に取ると、重い。それでいいのだろう。

これだって、お金の支払いに重点をおいてはいるものの…

消耗品として扱われ、いいようにあしらわれ、時には不正の片棒すらかつがされて捨てられたあの頃を、自分なりに清算するためのたたかいなのだから。

今から振り返ってなお、ここで彼らとたたかっていてこそ「社会保険労務士 司法書士 すずき しんたろう事務所」があるのだと、胸を張って言えるのだから。

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このコンテンツは、ブラックな零細企業の残業代不払いと本人訴訟の体験談です

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Last Updated :2013-04-08  Copyright © 2013 Shintaro Suzuki Scrivener of Law. All Rights Reserved.