8.和解
近年、論稿が増えてきた分野
『和解-労働者側代理人の立場から』(季刊労働法238号 水口洋介(2012))
『使用者側の和解(裁判手続において)』(季刊労働法237号 石井妙子(2012))
『近年増加する労使紛争と和解の実務』(労働法学研究会報2500号 浅井隆 (2011))
『労働審判・裁判における「調停・和解」の基礎知識』(労政時報3849号 岡芹健夫ほか (2011))
上記はすべて弁護士の執筆だが、和解交渉は代理人相互間、代理人対労組を想定するにとどまる。
代理人対本人(+司法書士)、という状態を考えない点にこの人たちの限界があるのかもしれない。
一般的利点
・迅速な終結
・全体的な解決(清算条項)
・譲歩による調整(解決金分割払い・退職日の調整)
・大損害の回避(解雇無効・付加金給付判決・業界秩序への波及効果)
・紛争解決コスト(企業内の労力・代理人への報酬)の限定化
・判決内容の伝播にともなう、レピュテーションリスクの発生抑止
※中小零細企業で出た労働訴訟の判決がニュースになることはあまりない。
小さな会社では訴訟にともなう社会的評判の低下=レピュテーションリスクの問題は実際には発生しにくいが、顧客への説得材料としては用いてよい。
8.1.和解方針
分割払い・遅延損害金免除・守秘義務の設定・清算条項といった定番の条項に加えて、以下のことができるか検討する。
単純な交渉の申し入れには応じてくれなくても、仮差押・差押を契機に(債権者側が決定的に有利な立場になってようやく)和解交渉が開始できることもある。
残業代請求以外の紛争の和解にあたり、残業代を明示して放棄させるか否かには論議がある。使用者側からその提案をおこなった時点で労働者に未払い残業代の存在が推測されてしまうが、明示せずに清算条項を設けた場合、効力が残業代に及ぶか不明なため。
※以下の各案は、べつに法的な正当性や相手が応じる義務があるものではない。
しかし提案してみるだけならタダである。彼我の状況に応じて工夫する。
8.1.1.金銭給付
人的保証 主として法人代表者
不動産を持っている、経営者の家族(登記上の取締役や共同経営者)を加えることもある。
事業破綻時には、あまり抑止力にならない。
自発的に支払いを終えた場合の、残債の一部免除
金100万円の支払い義務を認めるが、そのうち10万円×8回を遅滞なく支払った時点で残債を免除する、など。
債務者側にも支払い義務を履行するメリットがあり、債権者側では強制執行の申立を要する可能性を少し減らせるか、申立に要する費用増加を補う。
期日終了時の現金一括払い
上記とならんで、和解をへて減額された請求が後日さらに踏み倒されては困る、という債権者の懸念への提案の一つ。
お金をもらって手続きを終える以上、以後の支払いを心配する必要が皆無である。
債務者側ではこのメリットを強調して、解決金減額をめざす。
8.1.2.労働契約終了(主として地位確認請求)
退職理由の調整
解雇・退職勧奨など、特定受給資格者に該当する理由が雇用保険の受給に有利。
逆に合意退職は不利であるが、失業給付を受給し終わった・転職できたなどにより、退職理由にこだわる必要がないこともある。
退職日の調整
最後に出勤した日とするか、和解・調停成立の日とするか検討する。
和解等成立の日を退職の日とする場合、最後に出勤した日から和解等成立日までの社会保険保険料納付義務が使用者側に発生する可能性がある。
雇用保険失業給付の受給は、離職の日から1年以内に完了するのが原則。調整された退職日と、雇用保険の受給残日数との関係に注意する。
従業員・役員個人に対する別の請求の抑止
企業内での言動に問題がある労働者との紛争を終結させる場合は、他の従業員などに対する請求権も放棄させる条項を設けることを考える。
このコンテンツは平成25年10月に、業界団体で実施した研修の教材です。
司法書士の研修のために講師として作成していますので、一般の方に有用でないこともあります。
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