地裁判決
主文
1 被告は,原告に対し,金336万7946円及びこれに対する平成21年11月26日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告は,原告に対し,金314万7797円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,これを10分し,その2を原告の,その余を被告の負担とする。
5 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は原告に対し,金450万0666円及び内金350万0666円に対する平成21年11月26日から支払い済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告は原告に対し,金314万7797円及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払い済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告に雇用されていた原告が,労働基準法(以下「労基法」という。)37条に基づき,平成19年9月1日から平成21年10月30日までの時間外手当合計350万0666円及びこれに対する退職日後最終の賃金支払日の翌日から支払済みに至るまで,賃金の支払の確保に関する法律所定の14.6パーセントの割合による遅延損害金並びに平成20年1月1日から平成21年10月30日までの時間外手当に相当する額の付加金314万7797円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金を求め,さらに,退職を強要されたこと等により精神的苦痛を被ったとして民法709条に基づき,慰謝料として100万円の支払を求めた事案である。
1 前提事実(ただし,文章の末尾に証拠等を掲げた部分は証拠等によって認定した事実。その余は当事者間に争いのない事実)
(1) 被告は,飲食店経営のほか,食品等の通信販売を業とする株式会社である。
(2) 原告は,平成19年9月1日ごろに,次のとおりの労働条件で,期間の定めなく被告に雇用され,同日付けで,「居酒屋なんS店」(以下「S店」という。)での勤務を命じられた(甲55)。
(ただし,平成19年9月1日から同年11月30日までは試用期間であり,その間,営業手当は支給されない)(甲1)
賃金額 合計 30万円(通勤手当は別途支給。以下同様)
基本給 17万円
職務給 7万円
営業・技能手当 1万円
その他調整手当 2万円
代替手当 3万円
賃金支払日 毎月末日締め,翌月25日である。
所定労働時間 早番(午前11時から午後9時まで,実労働時間8時間),中番(午後0時から午後11時まで,実労働時間9時間),遅番(午後3時から午後11時まで,実労働時間6時間)
午後3時から午後5時までは休憩時間
所定休日 1月に8日,夏期及び冬期に各2日ずつ
(3) 原告は,平成20年11月1日にS店の店長に昇格し,これに伴って原告の賃金は以下のとおり変更された(賃金額の変更は,平成20年12月25日支払分から)。(甲2)
賃金額 合計 32万円
基本給 17万円
職務給 7万円
職位手当 1万円
営業・技能手当 1万円
その他調整手当 2万円
代替手当 4万円
(4) 原告は,平成21年4月1日にS店店長からN店社員に降格となり,被告から以下のとおり賃金額が減額される旨の待遇変更通知を受けた(甲3)。ただし,平成21年8月25日支給分が以下のとおりの賃金額に変更されて支給された以外の期間は,従前のとおりの賃金額(上記(3)記載の内容)が支給された(甲48ないし甲54)。
賃金額 合計 25万円
基本給 14万円
職務給 5万円
職位手当 0円
営業・技能手当 0円
その他調整手当 3万円
代替手当 3万円
(5) 原告は,平成21年10月9日,同年11月1日付けで「居酒屋なんK店」の勤務を命じられ,以下のとおり,平成21年12月25日支給分から賃金額を変更する旨の待遇変更通知を受けた(甲56,57)。
賃金額 合計 26万円
基本給 16万円
職務給 6万円
職位手当 0円
営業・技能手当 2万円
その他調整手当 0円
代替手当 2万円
(6) 原告は,K店への辞令を拒否したため,被告は,平成21年10月19日付けの解雇通知書によって同月31日付けで原告を解雇する旨通知した(甲59,原告)。
(7) 原告は,平成21年10月30日に,被告に対し,平成19年10月分から平成21年10月分までの未払いの時間外手当として合計403万0868円の支払いを請求したが(甲60),被告はこれを拒絶した(甲61)。
(8) 原告は,平成21年12月7日,当裁判所に本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
(9) 被告は,平成23年5月30日の第3回口頭弁論期日において,平成19年9月分(10月25日支給分)及び同年10月分(11月25日支給分)の時間外手当請求権について,消滅時効を援用する旨の意思表示をした(当裁判所に顕著な事実)。
2 争点
(1) 原告が時間外労働をした事実及びその時間(争点1)
(2) 原告が労基法41条2号にいう管理監督者か否か(原告がS店店長の地位にあった期間について)(争点2)
(3) 被告の消滅時効の抗弁の成否(争点3)
(4) 被告が支払うべき時間外手当の額(争点4)
(5) 原告の請求が権利濫用ないし信義則違反となるか(争点5)
(6) 付加金の支払いを命じるべきか否か(争点6)
(7) 慰謝料請求の可否(争点7)
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点1(原告が時間外労働をした事実及びその時間)
(原告)
ア 原告の平成19年9月から同年12月までの労働時間については,勤怠記録を開示しないため,不明であるが,平成20年1月から翌年10月までの稼働状況のうち,退職月である平成21年10月を除いた延べ21か月間で最も時間外労働時間が短いのは平成21年2月の58時間42分,深夜労働時間が最も短いのは,同年9月の13時間45分であるから,原告は平成19年9月から同年12月においても,その時間外・深夜労働時間は最低でも上記時間を下回ることはなかったと推定される。
イ 原告の平成20年1月1日から平成21年10月30日までの各月の労働時間は,別紙1の1のとおりである。
なお,平成20年10月23日から同年11月22日までの出退勤記録は,必ずしも正確ではない。しかし,これらは,新店舗において出退勤時間を管理する体制が整っておらず,記録できなかったものであり,記録が不正確であることについて原告に非はない。
原告が店長候補を経て店長であった平成20年1月から平成21年3月までの間では,原告は1回の出勤日において,労働時間が8時間を下回った日は,平成20年6月23日の1回(7時間45分)しかない。そして,平成20年10月23日から同年11月22日までの間,で原告が被 告から遅刻なり早退なり欠勤の指摘を受けてこないことと併せて考えれば,上記期間の確実最低8時間の労働時間は労基法32条1項よる週40時間の規制を超過する法定時間外労働にあたることは立証できているというべきである。
ウ 被告は,原告が勤務中に店舗内の部屋に籠もって出てこなかった事実や,タイムカードを不正に打刻していたという事実について主張するが,これらについて何ら立証できておらず,失当である。
(被告)
ア 被告においては,タイムカードを使用していたものの,正社員については,給与は完全に固定になっており,労働時間により給与が変動するものではなかったため,タイムカードは,正社員については出勤確認程度の意味しか有しておらず,時間管理のために使用していたわけではない。そのため,被告の正社員については,タイムカードで時間管理をしていたわけではないため,正確な出退勤時刻を打刻しようという意識はなかった。
また,その日の出勤予定となっている従業員のカードを,最初に出勤した従業員がまとめて打刻したり,あるいは,既に退勤していた従業員のタイムカードを最後に退勤する従業員がまとめて打刻するということが常態化していた。したがって,被告においてタイムカードに打刻されている時刻は,実際の労働時間を反映したものではなく,原告主張の労働時間は根拠のないものである。
また,原告は,平成20年1月から平成21年5月までの労働時間について,原告自身が作成した勤怠記録(甲4ないし20)をもとに主張しているが,その客観的根拠は示されておらず,何ら信用できるものではない。その記載が分単位で詳細であることからすると,これについてもタイムカードを根拠にしているものと考えられるが,上述のとおり,被告において,タイムカードは労働時間を反映したものではないから,信用性のないものである。しかも,このうち,殊に平成20年11月1日から同月22日までの間は,原告自身,「解らない」とした上で,一律に午前9時から午後11時と記載されており,信用性のないものである。さらには,平成19年9月から12月の労働時間については,勤怠記録すら提出されておらず,何ら立証されていない。
イ 残業の必要性
被告店舗の営業時間は,昼が午前11時から午後3時,夜が午後5時から午後11時であり,午後3時から午後5時までが休憩時間となっている。
しかし,午後1時過ぎや午後10時過ぎなどの時間帯は,客数も極めて少なく,従業員は1人いれば十分の状況であ'り,業務に従事する必要はなかった。にもかかわらず,原告は,少なくともタイムカードの記録のみを見る限り,必要以上に従業員を残していたのである。とすれば,本件店舗において,原告は,その従事する業務を遂行するに当たって,その主張する残業時間を費やす必要性はなかったものというべきである。
実際に,原告が勤務していた店舗の時間帯別の客数を見ると,午後9時から午後11時までの時間帯においては,おおむね0~6人程度の客しか入っておらず(乙9),店舗の広さ等を考慮したとしても,1人ないしせいぜい2人いれば十分に対応することはできた。仮に複数人の人数が必要であったとしても,原告が勤務していたN店,S店の曜日別の売上げを見ると,特に夜間については,金曜から日曜の週末ほど売上げが高く,月曜から木曜の売上げは低かった。にもかかわらず,1週間を通じてほぼ変わりなく正社員を3から5名のほか,アルバイトを5から10名程度配置しており,これを前提にすると,明らかに余剰人員が生じていたのである。
したがって,仮に原告が時間外に店舗に残っていたとしても,原告は,何ら業務を行う必要性はなかったのであるから,それが労働時間に含まれることはないというべきである。
ウ 原告の勤務状況
原告は,勤務時間中も,以下のとおり,実質的には全く業務を遂行していなかったのであり,労働時間ということはできない。原告は,S店店長在任中は,店舗の個室を自分の部屋のように使用し,そこで1日中パソコンに向き合い,部屋に籠もったまま出てこないことが日常的であった。通常店長は,業務時間中は,他の従業員と同じくホール業務を行い,その他の時間で採算管理などの事務的な作業を行うのであるが,それでもパソコンに向かう時間は1日30分程度である。
また,原告は,たまにその部屋から出てホールに立っていた際にも,特に積極的に指示を出すなどはしておらず,その業務を行っているとはとうてい言えなかった(乙10)。原告が大量のアルバイトを採用し,売上高の対人件費率が50パーセントを超える状況になってしまったにもかかわらず,過剰人員を是正することもなく,店長として,店舗の利益をあげることについて,全く努力が見られない状況であった(乙12)。
原告が店長として業務を全く遂行していなかった結果,S店の経営は,平成21年1月に尋常ではない売上げの落ち込みをみせ,O氏が被告の命令でS店の店長として赴任した際には,あらゆる方面からクレームがきている惨憺たる状況であった。原告は,N店に異動後も,何ら業務を行っていなかったため,それまで黒字経営であった同店が,瞬く間に赤字に転落してしまった(乙10)。
かかる原告の勤務状況からすれば,原告は,仮にタイムカード上記載されている時間帯に店舗内にいたとしても,何ら業務は行っていなかったものというべきである。
エ 以上の事実に鑑みると,原告が主張するタイムカードや勤怠記録に基づく労働時間の主張は,何ら根拠のないものであり,労働時間について何ら立証されていないものというべきである。
(2) 争点2(原告が労基法41条2号にいう管理監督者か否か(原告が被告S店店長の地位にあった期間について))
(被告)
被告は,原告が過去にピザのフランチャイズ店を経営したことがあるとのことだったため,店長候補として原告を採用したものである。
原告が店長として勤務していたS店は,店舗面積が119.84坪であり,宴会で最大100名を収容することができる座席数があったものであり,飲食店としては規模が大きいものであった。被告においての飲食事業のしめる割合は比較的小さいものであり,S店が営業していた当時,関東に2店舗,関西に2店舗あるのみであったため,1店1店の経営状況が直接飲食事業に影響を及ぼすものであったため,原告の経歴を特に重視して採用したものである。
そして,被告は,原告に対し,S店の店長として,以下のとおり,広範な裁量権を付与したものである。
ア 店長会議への出席
原告は,1か月に1回開催される部長と店長が出席する店長会議に出席しており,その中で店舗の収支や今後の各店舗の予算計画などを報告していた。店長会議において,各店長は,他の店舗の経営方針や目標設定について,相互に意見を出し合い,これがひいては会社としての方針決定に資するものであった。各店長には,店舗としてやりたいことがあれば経営計画表を提出して提案するように指示しており,被告としては,できるだけ店長の意見を尊重する運営をしていた。
この点原告は,店長会議が単なる一部の部署の会合に過ぎず,会社の経営に影響を与えるものではないと主張しているが,原告は,店長会議に出席し,かつS店の経営を任されていたのであり,同店が悪化の一途をたどり,結果として立直し不可能な状態に至らしめ,閉店せざるを得ない状況になったのであるが,原告には,被告の経営に影響を与える程の裁量が与えられていたことは明らかである。また,店長会議の本来的な機能としても,被告の飲食部門において,各店舗の現状,今後の目標,経営計画について,報告や意見がなされるのであるから,そのような店長会議に出席するという店長の地位は,当然に会社の経営にも参画することができるものというべきである。
イ 店舗の運営
被告は,各店舗の店長に対し,店舗ごとに会議を行うように指示しており,その中で,店舗ごとの目標などについて,店長を中心に話し合うことになっていた(乙10)。また,各店舗の内装や看板等の決定権,各店舗の従業員の採用・退職等の人事権,水道光熱費等の経費のコントロール等店舗の運営は全て店長に委ねられていた(乙10)。
(ア) 店舗の内装,看板等の決定権
原告は,平成20年11月にS店店長になることを前提に,それ以前から店舗の内装や看板等について関与していた。まず,S店の店舗物件については,原告が不動産仲介業者と打ち合わせ等を行いみつけたものであり,また,店舗の内装の打ち合わせについても,被告グループの会長の知り合いの株式会社○○○○のM氏とそのアシスタント,原告の三名で行っており,被告は原告に対し,店舗運営について,大きな自由裁量を与えていたものである。
(イ) 人事権
S店においては,多くのパート・アルバイト従業員がおり,その店舗運営においては,パート・アルバイトの採用権限が重要な意味を有していた。その上で,原告は,S店のパート・アルバイトの募集の計画立案をして被告に報告し,面接・採用をその裁量で行うことができ,合計40から,50名の採用を単独で行っていたのである。
正社員の人事についても,原告が一緒に仕事をしたくないと要望した正社員が結果として退職になったこともあったし,U氏と組みたいという原告の要望に応えたこともあった。
原告は,安易に大量のアルバイトを採用したことによって約50パーセント以上の人件費を支出しなければならなくなってしまったのであり,人件費の予算についても裁量を与えられ,正社員の配置について意見を述べることができたのであるから,労務管理上の指揮権限を有していたものというべきである。
(ウ) 出退勤の自由
被告においては,店長である原告についても,タイムカードの打刻をすることになっていたが,タイムカードは,正社員の入出店の状況を把握する程度であり,これに基づいて原告の勤怠管理が行われていたものではない。原告は,自己の業務遂行状況やその日の客数等により,閉店近くになって客も少なくなれば自由に退社することもできたものであるから,その労働時間は,原告の自由裁量に委ねられていたものというべきである(乙11)。
(エ) 地位に応じた報酬
管理監督者としての地位に応じた報酬であるか否かは,現実の報酬額のみならず,会社内における他の従業員の報酬との比較等において,相対的に決せられるべきである。原告は,S店の店長になったことにより,もともと店長候補として比較的高額な給与が支給されていたのに加え,職位手当が新たに支給され,代替手当が増額されるなど,他の従業員に比して優遇された報酬を得ていたものというべきである。
(オ) かかる事情を総合考慮すれば,原告は被告において,労務管理について経営者と一体的な地位にあり,勤怠管理も厳格になされていないものとして,管理監督者に当たるというべきである。
(原告)
以下に述べるとおり,原告がS店の店長であった間も管理監督者とは認められないものである。
ア 賃金内容について
原告に対する平成20年12,月10日付け待遇変更通知書(甲2)は,原告が店長に就任したことに伴い,賃金額の変更を図ったものである。これを見る限り,店長就任に際しては職位手当1万円と代替手当1万円が増額されたに過ぎない。一方で平成21年8月25日付け待遇変更通知書(甲3)は,基本給3万円,職務給2万円,職位・営業・代替手当各1万円と代替手当1万円が増額されたに過ぎない。一方で,平成21年8月25日付け待遇変更通知書(甲3)は,基本給3万円,職務給2万円,職位・営業・代替手当各1万円を一方的に減額する一方で調整手当1万円を増額しようとしている。したがって,月額7万円の賃金減額にはなるが,この変更の理由となっているはずのS店の店長からN店の一般従業員への変更は平成21年4月に行われており,それから4か月以上経った8月下旬頃にこうした減額を行うことが店長から一般従業員への変更のみによるものとは考えられない。しかも,この賃金減額変更は原告の抗議により,約1か月後に撤回されたことに鑑みれば,被告において店長と一般従業員との賃金面での優遇は明確には存在しないか,あっても代替手当と職位手当各1万円,月間2万円程度の金額にとどまる。
以上によれば,原告が店長として,待遇面で優遇されていたとはいえないものである。
イ 労働内容について
店長も他の一般従業員と同様に勤務シフトに組み入れられ,シフトに従って勤務していたことは,F証人の証言内容からも明らかである。店長には出退勤時刻を自由に決定できた実情はなかったし,労務の内容も一般の従業員が行う接客が含まれていて,しかもOの証言内容をみても,店長だけが行わなければならない仕事が長時間存在したような様子は伺えない。
ウ 経営への関与について
店長の会社経営への関与は,せいぜい数ヶ月に1回か2回,店長と部長1名が集まる会議に出ていたという程度にとどまり,その討議の内容と会社の経営がどう関連していたかは全く立証されておらず,また,各店長が会議への出席を通じて会社の状況を知ることができたわけでもない。
また,店長は,アルバイトの採否について自分で決定できただけで一般従業員の採用に関わることはない。人事考課についても,せいぜいロ頭で評価のようなものを上げる程度であり,その評価のようなものを伝える先も決まっていない。
(3) 争点3(被告の消滅時効の抗弁の成否)
(被告)
原告の主張する労働時間のうち,少なくとも平成19年9月分(10月25日支給分)及び向年10月分(11月25日支給分)の割増賃金については,その支給日が,訴訟提起日の2年前である平成19年12月7日以前に発生し,そのときから請求可能であったものであるから,時効により消滅している。
(原告)
争う。
(4) 争点4(被告が支払うべき時間外手当の額)
(原告)
平成19年9月1日から平成21年10月30日までの原告の時間外労働時間は,別紙1の1のとおりであり(ただし,平成19年9月から同年12月までの各月の時間外労働時間は,法定時間外労働が58時間42分,深夜労働時間が13時間45分を下回らないものとして算定する。),これに各月の基礎賃金を別紙1の2の「通常の労働時間1時間当たり賃金」として算定すると,被告が原告に支払うべき時間外手当の額は別紙1の3記載のとおり,合計350万0666円となる。
(被告)
被告としては,あくまで請求棄却を求めるものであるが,万が一何らかの請求が認められるとしても,①平成19年9月分から12月分の時間外手当については,争点1について主張したとおり,何ら立証されていないこと,②被告店舗においては,午前10時30分以前に早出して勤務する必要性がなく行うべき業務もないのであるから,少なくとも午前10時30分以前の時間帯については,業務時間と認めるべきでないことからすれば,原告の請求から上記①及び②の点を差レ引いた場合の割増賃金を算定すべきであり,その額は,別紙2のとおり,合計163万5577万円にとどまるものというべきである。
(5) 争点5(原告の請求が権利濫用ないし信義則違反となるか)
(被告)
仮に,原告が管理監督者に当たらないとしても,以下のとおり,原告が時間外労働手当を請求することは,権利濫用ないし信義則違反により認められないというべきである。
すなわち,原告は,過去の経歴や自身の能力を強調して被告の展開する「なん」のS店を店長として収益が確保できる店にする旨説明し,店長として出店させて欲しい旨強調したため,被告はその出店を認め,原告を店長とし,これに伴い,原告に対し,他の従業員よりも相当程度優遇した報酬を支給していた。しかも,原告はこれまで様々な職歴を経ており,時間外労働をすれば,時間外労働手当が支給されることを当然了知していたところ,被告から時間外労働手当が支給されないことについて,何ら異議を唱えなかったものである。
かかる事情に鑑みれば,原告が本件訴訟において時間外労働手当を請求することは,権利濫用ないし信義則違反により認められないというべきである。
(原告)
原告は,単に労基法所定の割増賃金を請求しているだけであるから,原告がこれまでに自ら割増賃金請求権とその金額を正確に承知した上で積極的かつ自発的にこの請求を放棄したような事実でもない限り,本件請求は何ら信義則に違反するものではないし,権利を濫用するものでもない。
(6) 争点6(付加金の支払いを命じるべきか否か)
(原告)
被告は正社員たる原告の長時間労働に対してその労働時間を把握していたにもかかわらず,労基法所定の割増賃金を支払おうとしない。また,勤怠記録や就業規則等の開示を拒むなど,割増賃金の支払を免れようとする態様は不誠実であり悪質である。よって,原告は被告に対し,原告が把握できている平成20年1月以降分の時間外手当について,労基法114条の規定による付加金の支払いを求める。
(被告)
争う。
(7) 争点7(慰謝料請求の可否)
(原告)
原告は,平成21年3月末まで,S店で店長の職にあったが,同店舗の売上げが思わしくないことを嫌った被告は同店舗の閉鎖と原告の退職を企て,以下のとおり,嫌がらせを行って原告が被告方を退職するようし向けた。
ア 平成21年3月下旬,H部長より,店長から降格させ併せて減給する旨通告された。しかし,減給額は不明で減給時期も不明であった。
イ 同年4月上旬に至り,O(マネージャー)より,賃金を5万円減給する旨通告を受けるが,これも実行されていない。
ウ 同年7月下旬,H部長は原告に対し,「このままでは居場所がなくなる」などと申し向け,原告に対して退職を勧奨しだした。
エ 8月25日支給分の賃金を突如カットし,その後に撤回した。
オ 8月31日,突如大阪市内の他店舗への異動を命じた。
カ 10月9日に至り,神奈川県横浜市の店舗へ異動を命じ,'さらに賃金を6万円減給する旨を通告し,これを拒否した原告を10月31日付けで解雇した。
これらの一連の被告の行為により,原告は精神的に大きな損害を被った。したがって,原告は,被告に対し,上記行為によって受けた精神的損害に対する慰謝料として,100万円の支払いを求める。
(被告)
被告は,原告を店長から解任してからも,原告の不利益になることを考えて,原告にもう一度チャンスを与えようということになり,降格は行わなかったものである。
店長解任後,原告は被告N店に戻り,一般の従業員として勤務していたが,モチベーションが低く,また,1日の半分はパソコンに向かっている状況であり,およそ誠実に業務を行っているものではなかった。そのため,被告としては,やむなく減給することも検討し,平成21年8月25日,一度は原告に通告したものの,原告の不利益を考え,撤回した。その後,S店については,業績不振が深刻となり,閉店せざるを得ない状況となったので,事前に全従業員と面談の上,解雇回避努力として雇用を継続するために,各従業員について減給,異動などの措置を講じた。その中で,原告については,S店及びN店で多少なりとも培ったノウハウを生かしてもらいたいという判断の下,平成21年10月9日,K店への異動を命じたのである。その中で,原告がその異動命令を拒否したため,被告は業務命令違反として,原告を普通解雇したものである(甲59)。すなわち,被告は,原告をS店店長から解任する際も,その後原告の勤務状況が改善されなかった際も,さらにS店を閉店するに当たって配転を行う際も,できる限り原告の不利益にならないように配慮して処分を決めてきたのであり,これを退職の強要などというのは言語同断である。よって,原告の慰謝料請求は何ら理由がないものである。
第3 争点に対する判断
1 争点1(原告が時間外労働をした事実及びその時間)について
(1) 平成19年9月1日から同年12月31日までの期間について
原告の平成19年10月1日から平成19年12月31日までの法定時間外労働の時間(平成19年9月1日から同月30日までの部分については,後記争点3において認定するとおり,消滅時効の完成により,請求は認められない。)については,勤怠記録及びタイムカードは存在しないものの,同期間と近接する平成20年1月から数ヶ月間の勤怠記録から認められる原告の出退勤の状況や,本件請求の全期間を通しての原告の出退勤状況に鑑みれば,平成19年9月1日から同年12月31日までの期間については,始業時刻は10時,終業時刻は22時30分と推定するのが合理的である。なお,被告においては,月8日間の所定休日があるが,その曜日は固定していなかったため,便宜上土曜日と日曜日を所定休日として算定することとする。
以上によれば,この期間の原告の法定時間外労働の時間は,別紙3のとおりであり,
平成19年11月25日支払分(法定時間外労働時間57時間30分,深夜労働時間11時間30分)
平成19年12月25日支払分(法定時間外労働時間55時間,深夜労働時間11時間)
平成20年1月25日支払分(法定時間外労働時間52時間30分,深夜労働時間10時間30分)
となる。
(2) 平成20年1月1日から平成21年10月30日までの期間について
原告の平成20年1月1日から平成21年10月30日までの原告の労働時間は,勤怠記録(甲4ないし20)及びタイムカード(甲21ないし31)により算定するのが相当であるから,以下に指摘する部分を修正する外,基本的には原告主張の別紙1の1記載の内容により算定すべきである。
ア 平成20年5月12日及び13日について
平成20年5月12日及び13日については,勤怠記録(甲8)には,出勤時刻及び退勤時刻の記録がなく,これらの日に原告主張のとおり,原告が12時から22時まで労働していたことを裏付けるに足りる証拠はない。そうすると,上記2日間の原告の労働時間はいずれも0時間と推定すべきである。したがって,同月11日(日曜日)から同月17日(土曜日)までの1週間について,原告は週40時間を超える時間外労働時間として8時間を算定しているが,この部分は理由がないこととなる。
以上によれば,平成20年5月1日から同月31日までの期間(平成20年6月25日支払日)の法定時間外労働の時間は,原告の主張時間から8時間を減じるべきである。
イ 平成20年10月22日から同年11月22日までの期間について
勤怠記録(甲13)には,平成20年10月22日の終業時間から同年同月31日までの期間の出退勤時刻の記録がないところ,原告はこの間の出勤時刻を午前10時,退勤時刻を23時と主張している。そこで,上記期間前後の原告の出退勤の状況を見ると,出勤時刻は,概ね9時30分から10時まで,退勤時刻は,概ね23時前後であることからすれば,原告の上記推認は合理的というべきである。したがって,平成20年10月22日(22日は終業時刻のみ)から同月31日までの期間の原告の労働時間は,始業時刻は午前10時,終業時刻は23時として算定すべきである。
また,平成20年11月1日から同月22日については,正確な時刻は打刻されておらず,出勤時刻を9時50分,退勤時刻を23時として登録されているところ,証拠(原告)によれば,これは,人事部と原告が相談の上人事部担当者において入力したことが認められ,その他同認定を覆すに足りる証拠はない。また,前記のとおり,原告のこの頃の出退勤の状況にも鑑みれば,上記期間の勤怠記録の内容は,実際の出退勤の時刻を反映したものと認めるのが相当である。
以上によれば,平成20年10月22日から同年11月22までの期間の時間外労働時間は,原告主張のとおり算定すべきである。
ウ 平成21年2月27日の終業時刻について
平成21年2月27日の終業時刻は,原告は0時と主張しているが,勤怠記録(甲17)によれば,0時12分であるから,平成21年2月の法定時間外労働時間は,原告主張の時間より12分多く,したがって,深夜割増の対象となる時間も12分多くなることとなる。
エ 平成21年3月10日の始業時間について
平成21年3月10日の始業時刻については,勤怠記録(甲18)には記録がないところ,原告は,8時を始業時刻として主張している。しかし,同日の始業時刻を8時と認めるに足りる証拠はなく,上記イにおいて認定したとおり,10時と推定するのが合理的である。
以上によれば,平成21年3月の法定時間外労働の時間を,原告主張の労働時間より2時間減じた時間と認めるのが相当である。
(3) 被告の主張に対する判断
ア 被告は,被告店舗においては,タイムカードを使用していたものの,正社員については,出勤確認程度の意味しか有しておらず』正確な出退勤時刻が打刻されているものではない旨主張する。しかしながら,原告が労働時間の計算の根拠としている勤怠記録ないしはタイムカードは,被告が従業員に対して記録するように指示して作成されていたものであり,これらは1か月ごとに各店舗から本店に送付され,被告が内容を確認していたことが認められる(原告)。そうすると,これらの記録内容は,原則として原告の出勤時刻及び退勤時刻を反映していると推認することができるというべきである。
イ さらに被告は,その日の出勤予定となっている従業員のカードを,最初に出勤した従業員がまとめて打刻したり,あるいは,既に退勤していた従業員のタイムカードを最後に退勤する従業員がまとめて打刻するということが状態化していたのであるから,タイムカード等の打刻時刻は,実際の労働時間を反映したものではない旨主張する。
この点,原告は,予定していた出勤時刻まで他の従業員の出勤を待ちながら雑談し,従業員が集まった時点で一斉にタイムカードを打刻して開店準備に入ることと,閉店準備は各従業員で分担して行い,一斉にタイムカードを打刻して退店することがあった旨陳述し(甲77),被告の上記主張に一部沿う内容の供述をするものの,本件全証拠を総合しても,被告が主張するような,原告が実際の出退勤の時刻と異なる打刻を恒常的に行っていたことを認めるに足りる証拠はない。
また,S店で平成21年9月から10月まで原告と働いていた被告従業員のFは,証人尋問において,自らの出退勤時刻について,朝10時までに出勤し,その日によって10時から11時くらいに帰っていた,他の正社員も同様であった旨証言していること,N店やS店で原告と共に働いていたUの勤怠記録(甲9ないし13)やタイムカード(甲21ないし26)は,原告の打刻時刻と一致する部分も多く認められる一方,原告と異なる時刻が記録されている部分についても,原告のタイムカードの打刻時刻と大きく異ならないこと,原告がS店の店長であった時期と役職が付かない従業員であった時期の出退勤時刻がほぼ同様の内容であることは,原告に関する勤怠記録やタイムカードが実際の出退勤時刻を反映しているとの推認を補強する事実であるということができる。
ウ さらに被告は,被告店舗の営業時間は,昼が午前11時から午後3時まで,夜が午後5時から午後11時までであり,午後1時過ぎや午後10時過ぎは客数も少ないにもかかわらず,原告が1週間を通じてほぼ同様の正社員やアルバイト人員を配置していたことからすれば,明らかに余剰人員が生じていたのであり,また,原告の怠慢な勤務状況に鑑みれば,仮に原告が店舗に残っていたとしても,その時間は労働時間には含まれない旨主張する。
しかしながら,被告の上記主張は,いずれも原告の勤務内容の問題点を指摘するものに過ぎず,原告が労務の提供をしていた事実を具体的に否定するものではないから,主張自体失当というほかない。
また,被告の上記主張は,原告がS店店長であった期間についての主張であるところ,上記イのとおり,原告がS店の店長であった時期と役職が付かない従業員であった時期の出退勤時刻がほぼ同様の内容であることからすれば,原告がS店店長であった期間のみ,被告主張の状況が生じていたとは考え難いから,この点からしても,被告の上記主張は失当である。
2 争点2について
(1) 証拠(乙2,10,証人O,原告)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 原告は,平成19年9月に店長候補として被告に入社し,平成20年10月31日にオープンしたS店についても,店長になることを前提として開店準備に従事していた(乙10,証人O,原告)。
イ 被告店舗の店長は,各店舗の運営業務(アルバイトや従業員のシフトの作成も含む)の他,接客に関して中心的な役割を果たしていた(証人O)。
ウ 被告店舗の店長は,店舗内のアルバイトの採否を最終的に決定したり,人事考課の権限を有していたが,正社員については,人事部長やエリアマネージャーが第一次面接を行い,飲食事業部の部長が最終判断をすることとなっていた。また,正社員の人事考課は,最終的には飲食事業部の部長が決定することとなっていた。(証人O)
工 被告飲食事業部では,原則として月に1回,店長会議が開催されており,前月の売上げや販売促進活動並びにその結果や反省点,次月の目標等を発表することとなっていた(原告)。
オ 被告の飲食事業部には,店長の上に店舗エリアマネージャー,統括マネ一ジャー,事業部長が配置されていた(乙2)。
(2) 以上の事実を前提として,原告が労基法41条2号にいう「管理監督者」に当たるか否かについて検討する。
上記認定のとおり,被告における店長は,各店舗の売上げ計画を立てたり,販売促進活動を実施するなど,店舗内の営業については,一定の裁量を有し,また,アルバイト従業員の採否の決定権限やシフトの作成権限を与えられているなど,店舗運営においては,一定の重要な職責を負っていることは明らかである。
しかしながら,店長の権限は,各店舗内の事項に限定されているのであり,従業員の人事についても,アルバイトの採用権限は与えられているものの,正社員の人事については,店長に何らかの人事上の権限が与えられていたことを認めるに足りる証拠はない。なお,店長会議については,本件全証拠を総合しても,同会議をとおして店長が被告飲食事業部の経営方針等の決定に関与していたことを認めるに足りない。
以上によれば,店長は,被告の飲食事業部に関し,経営者と一体的な立場において,労基法上の労働時間の枠を超えて時間外活動することを要請されてもやむを得ないものといえるような重要な職務と権限を付与されているとは認められない。
また,店長に対する処遇の面についても,前提事実記載のとおり,原告が店長に就任したことによって,職位給が1万円,代替手当が1万円増額したのみであること,仮に原告が店長候補として採用されており,入社当初から店長としての給与が支給されていたとしても,基本給や各種手当てを合計しても総額27万円ないし28万円(ただし,代替手当は除く。代替手当3万円ないし4万円は時間外手当の趣旨で支給されていたことについては,当事者間に争いがない。)であること,争点1において,認定した原告の労働時間にかんがみれば,被告における店長の賃金は,労基法の労働時間等の規定の適用を排除される管理監督者に対する待遇としては,十分であるとはいえない。
以上によれば,被告における店長は,その職務の内容,権限及び責任の観点からしても,待遇の観点からしても,管理監督者に当たるとは認められない。
したがって,原告がS店の店長であった期間(平成20年11月1日から平成21年3月31日まで)についても,原告に対しては,時間外手当が支払われるべきである。
3 争点3(消滅時効の抗弁の成否)について
被告は,原告の主張する労働時間のうち,少なくとも平成19年9月分及び同年10月分の割増賃金については,消滅時効を援用するところ,前提事実(7)記載のとおり,原告は,平成21年10月30日に,被告に対し,平成19年10月分(支払日は平成19年11月25日)から平成21年10月分までの時間外手当の支払いを被告に対して催告しており,その後6か月以内の平成21年12月7日に本件訴訟を提起しているから,平成19年10月分の時間外手当請求権の時効は中断しており(民事訴訟法153条),消滅時効は完成していないこととなる。
他方,平成19年9月分(支払日は平成19年10月25日)は,消滅時効が完成したものというべきである。
4 争点4(被告が支払うべき時間外手当の額)について
(1) 原告が請求する,平成19年9月1日から同年12月31日までの期間の時間外手当のうち,平成19年9月分については,争点3において認定したとおり,消滅時効が完成している。したがって,本件において,原告の時間外手当請求が認められるべき期間は,平成19年10月1日から平成21年年10月30日までであり,上記期間の時間外労働の時間は,別紙3の「法定休日外の労働」及び「法定休日の労働』欄記載のとおりである。
(2) また,時間外手当の算定に当たっては,「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額」(労基法37条1項)が必要となるところ,本件のように,賃金額が月によって定められており,月によって所定労働時間が異なる場合には,「通常の労働時間」は,賃金額に月における所定労働時間数(1年間における1月平均所定労働時間数)で除した金額となる(労基法施行規則19条1項4号)。
基礎賃金額は,別紙3「基礎賃金額」欄記載のとおりであり,これらの額は,前提事実で認定した各賃金額から代替手当を差し引いた金額である。(代替手当については,原告は時間外手当に対応する手当として請求額から控除している。)
なお,平成21年8月25日支給分については,前提事実(4)記載のとおり,合計25万円であり,代替手当を差し引いた額は22万円であるところ,原告はこの減額の効力を争づており,本件全証拠によっても上記賃金減額の根拠が明らかではないから,同月分の基礎賃金額については,減額前の28万円(賃金合計額32万円から代替手当4万円を差し引いた残額)として算定することとなる。
また,月における所定労働時間数については,被告店舗の所定労働時間は1日8時間,年間の所定休日は合計100日(月8日及び夏期,冬季に各2日ずつ)であり,1年間における1月平均所定労働時間が労基法32条に定める労働時間を超え,同条違反により無効であるから,閏年でない平成19年及び平成21年度においては,174時間【(40時間×52週+8時間×1日)÷12月】,閏年である平成20年度においては,174.67時間【(40時間×52週+8時間×2日)÷12月】となる。
(3) 以上によれば,各月の時間外手当の額は,別紙3の「基礎賃金額」を「月所定労働時間」で除した金額を算定基礎額とし,これに,「法定休日外労働」欄の「法定時間外労働」欄記載の時間に1.25を,「深夜労働時間合計」欄記載の時間に0.25を,「法定休日労働」欄の「休日労働時間」欄記載の時間に1.35を各乗じた金額の合計金額から「既払額」(各月に支払われた代替手当の額)を差し引いた残額である336万7946円が被告が原告に支払うべき時間外手当の額となる。
5 争点5(原告の請求が権利濫用ないし信義則違反となるか)について
被告は,原告の申し出に従い,原告を店長として採用し,他の従業員よりも相当程度優遇した報酬を支給していたこと,原告はとれまで様々な職歴を経ており,時間外労働をすれば,時間外手当が支給されることを当然了知していたところ,被告から時間外手当が支給されないことについて,何ら異議を唱えなかったことからすれば,原告が本件訴訟において時間外労働手当を請求することは,権利濫用ないし信義則違反により認められない旨主張する。
しかしながら,被告の主張する上記事実によって,原告の本件請求が権利濫用ないし信義則違反となることがないことは明らかであり,その他,本件において,原告が時間外手当の請求権をあらかじめ放棄していたなど,本件請求が権利濫用ないし信義則に反すると認められる事情は認められない。
以上によれば,被告の上記主張は採用することができない。
6 争点6(付加金の支払いを命じるべきか否か)について
被告は,原告に対し,本件において,時間外手当を支払っていないところ,本件において被告が不払いの理由として主張している内容や和解における被告の対応等にかんがみれば,本件については,原告の請求により,労基法114条に基づいて,被告に対し,原告の法定時間外労働及び休日労働の未払賃金のうち,原告が付加金の支払を求める314万7797円(平成20年2月25日支払分以降のもの)と同額の付加金の支払を命じるのが相当である。
7 争点7(慰謝料請求の可否)について
(1) 原告は,被告が原告を解雇するに至った一連の被告側の行為が不法行為に該当することを前提として慰謝料の支払いを請求するが,被告側の行為が不法行為に該当するか否かについては,解雇の効力,解雇がされた経緯,解雇の理由,賃金減額の経緯等の事実を踏まえて,具体的に検討すべきある。
本件において,被告は,原告が異動の辞令に従わなかったことを解雇理由としているところ,原告も解雇の効力自体を争っておらず,解雇の効力については明らかでないこと,賃金減額の点についても,原告を店長から降格した後も,平成21年8月25日支給分を減額したのみで,従前の賃金が支払われていることなどの事情に鑑みれば,被告が原告を解雇するに至った一連の行為は違法と認めることは困難といわざるを得ない。
(2) 以上によれば,原告の慰謝料請求は理由がない。
8 まとめ
以上の次第で,原告の本件請求は主文の限度で理由がある。